第35話
映画の後はカフェでお茶をして、その後、何とはなしに二人でぶらぶらと歩いていたけれど、通りすがりのファンシーショップの前で足が止まってしまった。
(……えっ? ウイリアムとテリースのキャラぬい!?)
衝撃の対面だった。公式では見ていなかった、オタク性の高いキャラぬいだった。鳴海も何時か公式から『TAL』のキャラぬいが出ないかと、SNSにアップしてある他の作品のキャラぬいたちとの写真を羨ましく眺めていたのだ。
『TAL』のキャラぬいについての公式からの発信は今のところないから、これはいわゆる海賊版……。しかし、オタクであれば出掛けた先でキャラぬいと一緒にホットケーキの写真を撮ったり、ライトアップされた並木道を背景にキャラぬいたちを撮ったりするのは夢ではないか……!! しかもこれはうつ伏せぬい……。どんな場所でもコンパクトに収まり、且つ推しの顔を堪能できるという優れモノだ!!
店の前から微動だに出来なかった鳴海に、栗里が声を掛ける。
「どうしたの? なにか気になるものでもあった?」
「あ……っ、……ええと……」
千載一遇のうつ伏せぬいとの出会いに言葉を継げない。ふと鳴海の視線の先を見た栗里が、あれ、と声を上げた。
「これ、『TAL』のぬいぐるみじゃないか。デフォルメ効いてるなあ」
く、栗里! あんたぬいぐるみを見て『TAL』のキャラだって分かったの!? 実は栗里も『TAL』オタクだったの!? いや、もしかしたら清水にキャラクターを見せられ慣れていて、それで区別がつくだけなの!?
栗里の発言に動揺してしまって返す言葉が見つからない。ええっ? ここでどういうべき? あれ欲しいけど、きっと海賊版だし、公式以外にはお金落としたくないけど、喉から手が出そうになるほどめちゃくちゃほしい!! でも、前に『TAL』に興味ない感じで話しちゃったから、今更『TAL』の話題を振るわけには……!!
「ティ……『TAL』って……、ええと、……前に香織が騒いでた……、あれ、……かな……?」
動揺露わに、しかし鳴海は一縷の望みを掛けて、言葉を発した。栗里は鳴海の言葉を何でもないように聞いて、応えた。
「そう。河上さんもプレイしてつって言ってたね。それにしても、このグッズは清水から見せられたことないなあ。アザラシの赤ちゃんみたいなフォルムで面白い形だ」
栗里!! ナイスアシストだ!! そういうオタクでは出てこない言葉を待ってた!!
「そ、そうなの。ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいな丸っこい形がちょっと癒される形だし、目が大きくてホント、ゴマフアザラシの赤ちゃんみたいでかわいいわ」
「あ~、そう言われれば癒される顔してるね。赤ちゃん顔で」
「うん」
話をしながら売り場に入る。うつ伏せぬいを目の前にして、鳴海の心臓は大きくどきどきと鳴った。そっとウイリアムとテリースのぬいを手に取り、じっと顔を見つめる。
(ああっ、なんて癒されるぬいなのかしら……っ!! このデフォルメ感、このフォルム、このやわらかさ、この触り心地!! ウイリアムとテリースの魅力を損なうことなく二頭身のぬいに仕上げてあって、海賊版ながらも良い仕事してるじゃない……っ!!)
喉から手が出るほど製品化して欲しかったぬいを手にして、穴が開くほど凝視していた鳴海をどう思ったのか、栗里は気に入ったの? と鳴海に尋ねた。
「え……? え……、ええ、そうね……。癒しグッズとしては、割といいんじゃないかしら……」
取り繕うように言うと、栗里は鳴海が持っていたぬい二つを取り上げて、売り場の奥へ行った。
「え……っ? 栗里くん?」
すると栗里は、店の奥にある会計であのぬいの清算をしているではないか。えっ? どういうこと? もしかして……、もしかして……!?
会計から帰って来た栗里は、あのぬいたちをショップ袋に入れたまま、鳴海に渡した。
「気に入ってたみたいだから。今日の記念だよ」
にこっと微笑む栗里の背後に天使の羽根が見えた。
(ええっ!? 栗里良いやつじゃん!! 今まで誤解してて悪かった!!)
女心は秋の空よりも移ろいやすいものなのだ。推しグッズを手渡されれば、ころりと寝返る。
「あ……、ありがとう……」
動揺を押し隠して、ウイリアムとテリースのぬいを手にする。
(推しの……、推しのぬいたちが、我が手に……っ!!)
感動で手が震える。鳴海は心の中で感涙にむせび泣いた。でも。
(これが梶原だったら、きっと今の感動を分かち合えたのかな……)
推しを持つ者同士、きっとこのレアグッズを手にした感動を分かってくれるに違いない。そういう意味では、一緒に居て楽しいのは、やはり『栗里<梶原』なのかもしれない。
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