第36話


ショッピングの後、日差しの明るい白木が使われた緑あふれるおしゃれなカフェ(いかにも梶原がチョイスしなさそうなところだ)でお茶をしていたら、店の扉がバターンと開いた。


「栗里先輩!!」


そう叫んで店に入って来たのは、清水だった。ずかずかずかっと店内をまっすぐ鳴海たちのテーブルの方に歩いてきて、栗里と、それから鳴海の顔を見比べた。


「どうして!! 私の誘いは無視するのに、こんな女と一緒に居るんですか!!」


バンッとテーブルに手を付くと、ギッと鳴海をねめつけた後、栗里に涙声で、酷いですう~、と訴えた。


「凄いね、清水。僕、店の名前は載せなかったと思うけどな」


そう言ってスマホを確認している。さっき、自分の頼んだコーヒーとチーズケーキの写真を撮っていたから、もしかしたらSNSにアップしていたいのかもしれない。リア充男子はやることが違うな。


「そんなの、食器を見れば分かりますよ! それに、このチーズケーキは此処の店自家製のケーキだから、一発判別です!!」


うわあ、食器とケーキの形状で店を割り出すなんて、ストーカーかな。そんなことを思ってしまっても、仕方なかった。しかし栗里は動じた様子もなく清水に応じていた。


「諦め悪いなあ、清水。僕がお前の誘いを受けたことなんて、一度もないじゃないか。それに、休日に僕が何処で誰と何をしようと、僕の勝手なんじゃないのかな? それこそ、僕のSNSを勝手にチェックして勝手に此処に駆けつけてるお前と同じようにさ」


ぐうの音も出ない問答無用さに、ちょっと清水に同情したくなる。しかし、その清水の怒りの矛先は鳴海に向いた。


「市原先輩もなんですか!! 梶原先輩という彼氏が居ながら栗里先輩とデートだなんて二股、汚いです!! どういう神経してるんですか!?」


二股、というワードが、清水から見たら、『鳴海と梶原がカップルであるべきで、そこに栗里を巻き込むな』、という意味に聞こえた。……梶原は、鳴海の本当の恋人じゃないのに。だって、梶原は、……多分、由佳のことを……。


黙り込んだ鳴海に、何とか言ったらどうなんですか!? と清水が激昂する。その怒声にハッとした鳴海は一旦、深呼吸をした。


(私は……。……私は……)


そうだ。私の心はウイリアムとテリースにある。ちょっと……、ちょっと梶原とのオタク話が楽しくて、勘違いしたけど、私の恋はウイリアムとテリースの恋心にあるんだわ。


そう思えば視界は明瞭だった。ふふふ、と口の端が上がり、にんまりと笑える。


「二股でも何でもないよ。栗里くんに、私は何の感情もない(し、梶原とも本当の恋人じゃない)し、私の(本当の心の)恋人は……」


脳裏に浮かぶ、宮廷でのウイリアムとテリースの夜の庭での逢瀬。ウイリアムの蒼い瞳がテリースの黒い瞳を捕らえて、そして、ウイリアムはテリースの顎を捕らえ……。ああっ、この神々しい光景に芋栗カボチャのリアル男子が適うもんか!!


「やっぱり栗里くんより、かっこいいから」


にまあ、と笑ってしまう。やっぱり鳴海の推しは最高だ。そんな鳴海を見て、清水は地団太を踏んだ。


「趣味ワルっ!! あんな粗野男の何処が栗里先輩に勝るっていうんですか!! 趣味ワッル!!」


趣味悪いのは清水であって、鳴海の推しは品が良い。そんなこと言われる覚えはないな、と憤慨していると、言い争う(?)二人の間に栗里が入る。


「市原さんに文句を言うのは筋違いだよ、清水。今日は僕が頼み込んで、付き合ってもらってるんだ。市原さんを責めるんじゃない」


「でっ、でも、先輩! この女は梶原先輩と……!」


激昂する清水を、栗里が正す。


「そうだよ、梶原の恋人だ。でも、人のものだからって市原さんの恋人になりたいって思っちゃいけないこと、ないだろう? それこそ、お前が僕を想うように、僕が市原さんを想ったって、その気持ちになんの咎もないだろう?」


えっ、栗里、意外と機転が利くな? それ、本心だったら怖いけど、この場をしのぐ言い訳だよね? だって、鳴海にはその気はないし、栗里だって狩猟本能で落としてみたい、ってだけの感覚なんだから。そう考えると、栗里と清水は同義だ。


「でもさ、清水さんのしてることは、栗里くんのしてることと一緒なんじゃないかな……?」


栗里と清水の会話に鳴海が口を挟むと、二人はぱっと振り向いて鳴海を見た。


「どういうことですか?」


清水が怒気も露わに鳴海に噛みつく。鳴海は清水に向かって諭した。


「だって、『その気ない』って言ってる相手に一方的に気持ちを押し付けてるでしょう? 栗里くんのこと好きなんだったら、もう少し栗里くんのことを考えなきゃ……。恋って、自分の気持ちを押し付けるだけのものじゃないと思うのよ。相手のこと好きだからこそ、相手のことを思い遣れる心が育つんじゃないかな?」


その言葉は、鳴海にも帰った。鳴海はこうも付け加える。


「清水さんは多分、好きなキャラクターに似てるから、っていう入り口から栗里くんのこと好きになったんだよね? だったら、余計に栗里くんという人を分からなきゃいけないんじゃないかな。栗里くんは、清水さんが好きな、作り物のキャラクターとは違う、生きた人間で、感情を持ってるんだよ」


そこまで言うと、清水はグッと言葉に詰まって悔しそうな顔をした。100%とは言わないけど、かなり当たっていたようだった。そして、栗里も思うところがあったらしく、神妙な顔をしていた。こういうのも二次創作であるよね。憧れから恋に代わる瞬間に、攻めがすっごく成長して、受けがそれを眩しくみるパターン。その後二人は、坂道転がるようにでろでろに甘い溺愛の恋愛を味わうんだわ。


鳴海が一人で納得して、テーブルがシンと静まる。栗里は伝票を持つとカタンと席を立った。


「白けたね。お開きにしようか」


自分を間に諍い(?)を起こす女子二人(?)を納得させるために、栗里は鳴海を解放した。それは鳴海の為でもあり、清水の為でもあった。


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