第37話
*
「おう、市原。花屋から見積もり来てたぞ」
ぺらっと印刷した見積書を鳴海に渡した生徒会顧問の教師は、花材の発注のやり取りとフラワーデザイナーへの連絡を鳴海に任せて、職員室に戻って行った。鳴海は日の暮れた生徒会室の電気をつけて、備え付けのパソコンの電源を入れる。同時にファイル棚から書類ファイルを引っ張ってきて、過去の文化祭経費と今回の文化祭の予算との比較を行った。
……やっぱり生花を依頼するだけで結構お金がかかる。おまけにフラワーデザイナーまで頼むとなると、向こうはプロだから、それなりの値段を要求されてきている。此処の生花店はこのデザイナーとの専属契約みたいだから、他を当たったほうがいいのかな。でも、高校から一番近い生花店はこの生花店だ。
由佳が紹介してくれた生花店は教室をやっていることもあって、各サービス揃っていて素晴らしいが、今年は外部バンドの誘致に予算を取られて、正直他の予算はカツカツだ。備品も新調したいものは沢山あったが、全部既存品で賄った。だから、梶原の(由佳に話し掛けたいと言う)思い付きで行動された尻拭いを、鳴海がしているのだ。こんな理不尽な事あるか?
鳴海は今年の予算と過去の経費の比較をして、ぽちぽちと電卓をたたいた。梶原の思いつきはあれだ。おそらく今、女子で人気ナンバーワンの由佳が花冠を被ったところを見たい、とか何とかなんだろう。そんな浮ついた計画の所為でこっちはこんな遅くまで生徒会室に残ってる。憤然やるかたない、とはこういう心境なんだろうな、と思い至り、はっとする。
何故、腹立たしいんだろう、と、その根本に立ち返ってしまったのである。勿論、梶原の勝手な思い付きで自分が余分な仕事を任されているからではあるが、其処にどんな感情があるというのか。由佳に見せた、あの、だらしない顔。クロピーを前にしてもあんな顔はしなかった。当然、鳴海に対してもだ。其処に思い至ってしまって、うああ! と頭を抱える。
(待って!! 私の心はウイリアムとテリースの恋模様そのものにあるのであって、間違ってもリアル男子になんかない!! ましてや、あの中学時代の黒歴史を刻んだあの男子と同じことした梶原になんか……っ!!)
そう思った時だった。シンと静まり返っていた生徒会室の扉がガラッと開いて、鳴海は飛び上がるほど驚いた。
「なんだよ、市原。こんな遅くまで」
扉を開けて入って来たのは梶原だった。まさかさっきの今で梶原と顔を合わせるとは思っておらず、鳴海は動揺した。
「いやっ! 悪いのあんただから!!」
「はあ? なんで開口一番、俺が悪いんだよ」
「だって、あんたが由佳にあんなこと頼むから……!」
その言葉で鳴海の前にある資料のファイルと電卓の意味が分かったらしく、梶原は瞬く間に顔を赤くして、うー、とか、あー、とか言った。なんだ、その赤い顔と歯切れの悪さ。まるで鳴海の言葉を否定してないな!
「まー、確かに梶原の気持ちは分かるわ。由佳は可憐だし花が似合うよねえ……」
「そ……、そうだよな……! 親友のお前から見てもそう見えるんだな……!」
「あ~、分かる分かる。由佳は守ってあげたいタイプの女子だし、親友としてはそんじょそこらの男子にはやらん、って意気込みだから、私」
言外にお前は対象外だ、と告げたつもりだけど、梶原は分かってないようだった。
「そ……っ、そうなんだよ……っ。生田、困ってる奴を見捨てておけねーなんて、俺の理想そのものじゃん……。生田は、なんか男が支えてやらねーと駄目なタイプにみえるから、狙ってるやつ、結構多いんだよ。でも俺、こんな趣味だから言い出せなくて……」
しょぼんと肩を落とす梶原は、鳴海の前で魅せる姿とはまるきり違った、本気の恋をする梶原だった。だから契約のことを打ち明けた方がいいって言ったのに……。
「契約のこと言わないって決めたのは、あんただからね。……まあ、気が変わったらいつでも受け入れるけど」
「お……、おう……。……でも、クロッピは俺の生きる道だからさあ……」
そこまで言って、またがっくりと肩を落とす。萌えと恋なあ……、何時か鳴海も梶原みたいに悩むときが来るのだろうか。
(いや、ないな)
あまりに簡潔明瞭に答えが出てしまって笑えてしまう。鳴海の場合、二次創作は見守る愛だし、リアルは見込み無しなのだから。
「まあ、そこでぐだぐだ言ってればいいわ。私はこれを片付けないと帰れないから、勝手にやってるわよ」
鳴海が梶原に背を向けパソコンに向き直ると、背後からいきなり手が伸びてきて、資料の半分を持っていかれた。
「手伝う。二人でやれば早く帰れるだろ」
「あら、ありがと」
意外にも親切なところを見せられたのが不意打ちで、何故だか心臓がぴょんと跳ねた。こんなこと、テリースの仕事部屋に積まれた書類を抜き取るウイリアムくらい、見慣れた光景なのに。
(は~、意味のないことに神経使いたくないのにな~……)
ウイリアムとテリースの恋については心配など無意味なくらいゆるぎないものだし、リアルの恋ほど鳴海にとって無意味なものはない。それでも隣の机で電卓をたたく梶原の横顔を見て、ウイリアムにもテリースにも似てない筈なのに、何故かときめいてしまった。
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