第32話


由香にはちょっと待っていてもらって、鳴海と栗里は生徒会準備室に二人きりで入った。どう口火を切られるのかと思ったけど、栗里は全くもったいぶらなかった。


「単刀直入に聞くよ。市原さんと梶原、本当は恋人でも何でもないんでしょ? 理由は分からないけど、恋人のふりをしてる、偽カップルだよね?」


喉元にやいばを突きつけてくる以上に、鳴海に切り込んでくるそのが鳴海の心臓を切り裂いた。鳴海は栗里の言葉に一瞬瞠目して、それから静かに目を伏せた。


ふうー、と静かなため息が漏れる。音のない生徒会準備室に、鳴海の心臓の音がどきんどきんと響いた。


「……おかしいと思ってたんだよ。梶原の乱暴な性格で、市原さんを彼女に出来るわけないってね。市原さんの才色兼備で姉御肌なところは、梶原の横暴さとは喧嘩の要因にしかならないと思ってたから」


栗里、よく見てるなあ……。チャラい性格で鳴海たちのことを観察していたわけじゃないのか。そんな風に分析されると脱帽するしかない。


「……皆には、黙ってて欲しい……。理由があるの。でもそれは言えない」


絞首刑を言い渡された罪人の気持ちで、どうしても死守したい秘密に口を閉ざす。鳴海の為でもあるが、梶原の為でもある。栗里は殊勝な態度で鳴海の頼みを受け止めた。


「いいよ、言いたくないことに関しては、僕は何も聞かない。でも、これで梶原と僕は市原さんに対してフェアだよね? 梶原とも、僕とも、市原さんは言いたくない秘密を抱えてる。僕はこれを生かさない手はないんだよ。……なにも市原さんに二股しろって言うわけじゃない。ただ、梶原が嘘の恋人なら、市原さんの本当の恋人はまだいないってことでしょ? それに僕が立候補しても良いわけだ。……勿論、梶原と市原さんの関係については、秘密を守る。……どう?」


本気で言ってるのかな、栗里は。ただ単に、自分になびかない鳴海を振り向かせたかっただけなら、本当の恋人なんかに立候補しなくても良いと思うけど……。それとも栗里にとって、自分に落ちない女子の存在は、それほど屈辱的なんだろうか。よく分からなくて、鳴海は迷いながら口を開いた。


「本当の恋人って言ったって、栗里くんだって、私のこと好きで恋人に立候補するわけじゃないんでしょ? それなら梶原と同じじゃない。嘘の彼女にしかならないよ……」


鳴海と梶原の間で契約カップルをしている事実を共有することは、別に何とも思ってなかった。それを外野の栗里から指摘されるのが、こんなにしんどいとは思わなかった。梶原とは利害が一致して契約したけど、それでも栗里が指摘するくらい、契約カップルっていびつな関係だったんだな、と鳴海はこの時悟った。栗里は、そんな鳴海を冷ややかな目で見ていた。怖いなあ、こういうやさし気な顔をした男子の冷静な視線って……。


栗里は準備室の入り口ドアに背を凭せ掛けて、腕を組むと、鳴海を見下ろしてこう言った。


「そう? まあ、僕はそれでも良いんだよ。市原さんを一度、自分のものにしてみたい。梶原に盗られたままだったからね。悔しいんだ」


やっぱり、リアル男子ってろくなこと考えないな。でも鳴海に選択権はなかった。


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