第47話


「ごめん! それから、ありがとう!」


「怖くなかった?」


酔った男の人を教師に預けて帰って来た梶原に、由佳と香織が礼を言う。……鳴海は素直になれなかった。


「気にしないでいいぜ。でもおい市原、友達助けたさに飛び出るのは良いけど、酔った男に女一人で正面から行くのはあんまり得策じゃないからな? これからも気を付けた方が良いぜ」


にっと微笑んで、梶原が言う。その時、梶原の手の甲に擦り傷を見つけた。それは由佳も同じだったようだった。


「梶原くん、怪我してるわよ」


「ああ、さっき市原の手を引いたときに抵抗されて、あいつに引っ掻かれたんだな。大丈夫だ、ほっといても治るぜ、こんな擦り傷」


なんてことないように梶原が言う。でも、これから片付けもあるし、当たったら痛いと思う。


「梶原、保健室で消毒してもらいなよ。由佳、付き添ってあげて?」


「えっ? なるちゃんが付き添えばいいんじゃない?」


この後の梶原のキャンプファイヤーに望みを繋げようと思って鳴海が由佳に梶原を託そうと思ったのに、そうか、由佳は鳴海と梶原が付き合ってると思ってるから、自分が適役じゃないと思ってるわけか。やっぱりこのまま黙ってると、梶原に不利になるだろうな。梶原、それで良いの? 良いわけないじゃん……。


「梶原。絆創膏あるから、貼りなよ」


鳴海はそう言って、以前梶原と一緒に行った限定企画で買った絆創膏を取り出した。シールを剥いでぺたりと腕に貼る。


「ははっ、クロッピかよ」


クロピーを貼られたことに、なんの抵抗も示さないのか。悔しくて鳴海の口はへの字になる。


「良いでしょ何でも。傷に当たらなければ」


鳴海の言葉に、梶原はサンキュ、と笑った。






鳴海はクラスのアリスカフェのウエイトレスの順番を終えた由佳と一緒に中庭に来ていた。中庭の中央ではバスケ部の青空舞台が繰り広げられていて、そこそこ賑わっていた。その隅で、鳴海は由佳に話し掛けた。


「私さあ……、ずっと由佳に言ってないことがあったんだよね……」


ちらり、と由佳の反応を見る。由佳は首をこてん、とかしげて、鳴海の様子を見た。ああ、かわいい。クロピーにでろでろになってる梶原には絶対もったいないけど、さっきの梶原はかっこよかったから、それだけでも由佳に釣り合うと思う。


「なあに? 大事なこと?」


「……うん。……私、梶原と付き合ってることに、なってるじゃない?」


「? うん? 急でみんなが驚いたよね。でも、今では学校中の皆が知ってるよね」


「うん、それなんだけどさ……」


言っちゃって、良いかな。でも、言わないと絶対、梶原が後悔するよね……。鳴海は腹をくくって口を開いた。


「それ、さ……。嘘なの」


「……? …………え……?」


「お互いに事情があって、付き合ってるふり、してるの……。でも、由佳には、言っておかないと、後悔するなって思ったから……」


後悔? と由佳が問うた。


「……私に、……嘘ついてたってことを? でも、事情があったんでしょ? 二人にしか分からない事情なら、私が知らなくても仕方ないし、そのまま隠してることも、出来たんじゃないの……?」


確かに事情があった。でも、今、その前提が崩れようとしている。


「うん、確かに事情があったの。でも、梶原が変わって来てるから、それなら、もう隠してる必要、無いかなって思って……」


「? ……分からないけど……。……でも、私にだけ、言う理由があるのね……?」


「……うん」


「じゃあ、私も他の誰にも言わない。秘密は、三人で守っていこうね」


にこっと、由佳が笑った。由佳の、相手に誠実であるところ。こういうところ、好きだなあ……。そして、きっと、梶原も、そう言うところに気が付いたから、好きになったんだろうな、と思ったら、親友を誇らしく思った。



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