オタクというもの

第11話


鳴海はその日の勉強会を終えての帰りに、朝の女子たちの言葉を梶原に伝えた。きっと、鳴海が擬態に成功していることを満足してくれるだろうと思ったからだ。そして何気に梶原がとても褒められていたので、きっと梶原みたいなタイプは、褒められて有頂天になるだろうと思ったからだった(栗原のことは詳しく言わなかった。知れるなら自然に知れるだろうし、鳴海は弱みを握られているわけでもない栗原と付き合う気は全くなかったし、それは梶原も分かっていると思ったからだ)。鳴海は隣を歩く梶原に、朝の由佳の言葉を伝えた。


「友達がさ、この前のピーロランドで撮った写真見て梶原の事、褒めてたよ。『クロピーのイケポーズも霞むね』だってさ」


何気なく笑って伝えただけだった。しかし梶原は急に「違うだろ!」と声を荒げた。


「『クロピー』ってなんだよ! 『クロッピ』だろ! そこはちゃんとしろよ!! キャラクターの名前を間違えるなんて、言語道断だぞ!! クロッピに謝れ!!」


鳴海は梶原の剣幕に飲まれてぽかんとした。馴染みのないキャラクター名を間違えることはあると思うのに、そこ、そんなに気にしなきゃ駄目な事か?


「……ちょっと間違えただけじゃない。そんなに怒らなくてたって良くない?」

「え……っ、あ、……そっか……? わ、悪いな、急に……」


鳴海の言葉に、急に言葉尻が弱くなる。……あれっ? なんか梶原の様子がおかしい。さっと鳴海の視線から逃れようとして、全く鳴海のことを見ない。なんとなくいつもの梶原じゃないような感じがして、鳴海は梶原に問うた。


「……あのさ、梶原。……もしかして、クロピー、好きだったりする……?」


なんとなくそう感じただけだった。しかし鳴海の言葉に梶原は大袈裟に反応した。


「いやっ! 好きとかじゃなくて……っ! ええ……と……、ああ、あの、妹が、好きみたいで……っ! それで……っ!」


あれっ? 梶原、お姉さん二人って言ってなかったっけ……。


「……梶原、妹居たの? お姉さん二人の末っ子って言ってたよね……?」


鳴海がそう返すと、梶原は、しまった! という顔をした。そして、以前鳴海が梶原にスマホを見られた時みたいに、天を仰いだ。……これは……。


「……梶原、……もしかして、クロピ―が好きだったとか……?」

「だから、なんで何回も間違うんだよ! 『クロッピ』だろ!」


半ばやけくそ、という感じで梶原が叫んだ。


「そーだよ! 俺はピーロランドが好きなんだよ!!  この趣味は止められないけど、その所為で中学時代、笑いものにされたんだ! だから高校では隠し通そうと思ってたのに……っ! 」


市原が名前間違えるからいけないんだぞ! とまで言われてしまった。えっ、それは責任転嫁じゃん?


しかし、成程。鳴海だけではなく、梶原も脛に傷を持つ身だったのか……。


「最初から言ってくれれば良かったのに。どうして黙ってたの、同志だって分かったよね?」

「だましたことについては本当に悪いと思ってる!! 俺、こんな性格だから、絶対笑われると思って!!でも、どうしてもピーロランドに行きたいんだよ! それには市原の力を借りないと、男一人じゃ浮いちまうんだよ! あの場所!!」


あの朝、弱みを握られてからずっと屈してきた梶原が、乗換駅で鳴海に向かってがばっと土下座した。そこまでか。まあ、推しを崇める気持ちは分かるから、そこは同情する。脅され続けた一ヶ月間の落とし前は付けさせてもらうけど。


「……じゃあ、これからは一方的な脅しにはならないってわけね。梶原は私の秘密を、私は梶原の秘密を守る。つまり運命共同体、ってわけか」


にやり、と、きっと今、鳴海は悪い笑みを浮かべている。でも、ずっと一方的に弱みを握られていた時間は、形容しがたいくらいに屈辱的だったのだ。これでフェアだ。梶原が、がっくりと項垂れる。


「……ばらさないから、ばらさないでくれ……」

「勿論よ。でも一ヶ月間、私に屈辱を強いたその落とし前は付けさせてもらうわ」

「……なんだったら、ばらさないで居てくれるんだ……?」


一ヶ月間、頭に乗っていたことを反省しているようだった。反省はしているようなので、其処は認めよう。それを鑑みて、高校生にしては、ちょっとキツい制裁を科す。


「そうね、あんなジャンクなパンケーキじゃなくって、ホテルのデザートブッフェをご馳走してくれるなら許しても良いわ。高校生には妥当な制裁だと思わない?」


鳴海の言葉に、梶原は分かった、と頷いた。鳴海は梶原の手を引いて彼を立ち上がらせると、そのまますっと手を出す。梶原も分かったようで、手を握り返してきた。それは勿論恋人同士の握手ではなく、同盟を結んだ二人の握手だった。


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