第24話
……いやあ、梶原の手ぇ、あったかかったな。ちょっとびっくりした。クロピーを愛する心が手の温度にも表れてるのかと思った。
心臓がちょっとどきどきしてるのは、不意打ちの握手の所為以外の何物でもないが、梶原の所為で心臓が跳ねるのは気に食わない。自分の隣で買い物籠を腕にうきうきしている梶原を見ながら、鳴海はそう考える。
「さあ、あっちの売り場にも行きましょ。随分明るい売り場みたいだし」
黒々とした壁に囲まれたこの売り場は、目の前に居る梶原を、明るい学校で会う梶原と違って見せているのだ。梶原は学校での梶原どおり、鳴海に対して何一つ己に嘘を吐かない、自分を譲らない梶原であって、鳴海に何か思うところがあるわけでもない。梶原と鳴海の関係は簡潔明瞭な契約関係であり、契約内容を守り遂行するために、そのお互いに対して有益であることが求められている。その為の鳴海の対応であり、それに対する謝辞であるだけだ。
この思考その間一秒。すうっと深呼吸をして気持ちを入れ替える。既に隣にいた筈の梶原は次の売り場に行ってしまっている。鳴海もその後を追おうとしたその時、次の売り場から慌てて戻って来た梶原が、興奮気味に鳴海に叫んだ。
「い、市原! ちょ、こっち来てみ!! すっげ! すっげーことになってる!!」
なにが凄いことになっているのだろう。いっそクロピーが実は女だったとか言うオチかな。そんなことを思いながら梶原について行くと。
「うわ、これは想像してなかったわ……」
鳴海もそう呟いてしまうくらいの、クロピーの大変身だった。其処に居るクロピーは、鳴海が梶原にレクチャーを受けた大怪盗の父親の心に打たれた黒の衣装を身に纏ったクロピーではなく、……いや、黒の衣装と言えば黒なんだけど、泥棒とは大違いの、何処か貴族を思わせる、気品漂う黒の王子衣装に身を包んだクロピーだった。しかも隣にいるのは、めちゃくちゃかわいい王女風の衣装を着たキッティ。
「クロッピはこれまでずっと独りものだったんだ! 大怪盗である父親の手伝いをしてるうちにそうなっちまったんだけど、その状況を受け入れてても、決して心が寂しくなかったわけじゃないんだ! そのクロッピに、ピーロランド一のお姫様であるキッティを添わせたっていうのが、この限定コラボ企画の泣かせる趣向じゃねーか!!」
確か、キッティはランド一の人気者で、その座はランドのプリンセスだったはずだ。その設定どおり、キッティは鳴海が見る限り、いつもかわいい衣装を着せてもらって、そのお姫様振りを鳴海にも見せつけていた。そのキッティがフリフリのピンクの衣装を(いつも通り)着て(ティアラはいつも通りじゃないけど)、その手を貴公子然としたクロピーが取っている。その様子はまさに王女さまと王子さま。きらきら輝く王冠を被ったクロピーは、正面入り口の様相そのままだ。なんてこと、入り口の伏線が此処で回収されている!!
「すごーい、クロッピ、皇子ロリータだね。あの衣装デザイン、きっと考えに考え抜かれたデザインだわ~。だって、黒いペンギンのクロッピが着ててもおかしくない皇子ロリータを選ぶところが、王女キッティの隣に居るものとして一番納得できるもん」
それは、丁度鳴海たちの隣でキッティとクロピーの王女王子像を見ていた女子の言葉だった。皇子ロリータという言葉は初めて聞いたが、成程そういうジャンルのファッションがあるらしい。……というのは即座にスマホで調べたから分かったことだ。
「皇子ロリータだって、梶原」
「は? 王子? 八王子のメーカーかなんかか? 何だっていいって! 兎に角、ピーロランドで日陰ものだったクロッピが主役の座についてんだから、めでたい日だよ、今日はさあ!!」
目をきらきらさせてクロピーの雄姿を見つめている梶原には、もはやそれを成しているのがなんだっていいのだろう。兎に角推しが最高に輝いている、ただそれだけがオタクを生かすのだ。
(わっかるわあ、その気持ち……。私もウイリアムとテリースの衣装が何処産とか関係なく、新衣装が素晴らしければそれだけで尊くてむせび泣くもの……)
彼らにハマった当時に開催されていた衣装展では、その衣装を作ったメーカーの公式アカウントをフォローしてイイネ飛ばしまくった記憶はあるけど、まあ鳴海の推しと梶原の推しでは置かれてきた境遇が違うから一概に一緒にして比べることは出来ないだろう。そういう意味でも、梶原は純粋にクロピーを推しているのかもしれなかった。
「良かったね、今日、来れて」
鳴海の言葉に、梶原が満面の笑みで応えた。
「市原のおかげだ! サンキュ!!」
デザートブッフェの時も思ったけど、本当にこいつ、推しの前で良い顔するな。今まで誰とも共有できなかった推しへの愛情を発散させて満喫している様子の梶原を見て、己を振り返る。
(まあ、生き生きしてることは良いことよ。私もウイリアムとテリースが日陰ものだったら、このくらい喜ぶかもしれないもんなあ……)
梶原の推しへの一途な愛情を目の当たりにして、鳴海は少し感慨深くなった。
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