第16話



その日、鳴海は朝から気合が入っていた。本日正午に、推しキャラであるウイリアムとテリースの登場する乙女ゲーム『Take Away Love~君の初恋を奪うよ~』のバージョンアップがあるのだ。新しいストーリーとシーン、それにキャラクターたちの新しい衣装がお目見えする。この日を祝日としないで、いつが祝日だというのか!! というくらいの鼻息の荒さで下校時間を待ちわびていた。


本当は昼休みにすぐさまプレイしたい。しかしここは学校。鳴海が一般人に擬態していなければならない場所だ。なんとしてでも梶原を彼氏としたまま、表向き晴れやかな卒業式を迎えたい。中身がゆめかわオタクであろうと、梶原はその性格と外見でまあイケてる彼氏だった。梶原の秘密を握っているとしても、鳴海の秘密も握られているわけであり、こんな弱みを晒す相手は他に作れない。被害を梶原一人で済ませたい、という気持ちもあったからだ。


そう言う訳で、頭の中ではもうウイリアムとテリースがどんな衣装なのか、彼らの新規エピソードはどんなエピソードなのか、という疑問がぐるぐると回って、遠心力で溶けてしまいそうになっているが、表向きは冷静な顔で微笑みを浮かべて由佳と一緒にお昼ご飯を食べている。ああ、由佳だって『Take Away Love(通称TAL)』をプレイしたら、絶対ハマると思うのに、この子はゲームに一切興味がないのだ。ウイリアムとテリースを知らないなんて、人生損してるよ、由佳……。


と心の中で呼びかけても、楽しそうにおしゃべりをしながらお弁当を食べている由佳には通じない。まあいいや。焦らされた方がより喜びが大きくなる。そう思って由佳の前でにこにこと笑顔を浮かべていた時、かすかに「テリース」という言葉が聞こえた。


(はっ!? 心の声が口から飛び出た!? 今、由佳に聞かれてなければ良いけど!?)


と、動揺した時だった。教室の後方からきゃーという歓声が上がり、そうだよねー、という相槌と共に彼らの名前が零れ出た。


「やっぱりウイリアムはトップオブ恋人! 大体、金髪碧眼って女子の好き要素ぎゅっと詰まってて、嫌いになれる人のことが分からない!!」


「そうそう!! そんでもって、ウイリアムが太陽なら、テリースは月よね。テリースって、ウイリアムの対極みたいに凄く物静かだけど、口説いてくるときの台詞が情熱的だもん、これは落ちるよお~」


「待って! でも私は二人も良いけど、アラルドを推したい!! 乙女ゲームにありがちな、金髪碧眼とか、執事風とかじゃなくて、アラブの王子を持ってきてるところが良いのよ!! 天真爛漫で自信家なところが、絶対恋愛リードしてくれそうじゃん!!」


鳴海は教室後ろの女子たちの言葉に耳を疑った。いや、『TAL』は確かに今、女子高生の間で大人気の乙女ゲームだ。しかし、今までこの教室で『TAL』の話が話題になったところに遭遇したことがない!


(あ……っ、そうか。最近TekTokでCMし始めたから、ユーザーが増えたって聞いたんだった……)


そうか、今まで『TAL』を知らなかった人たちが、大手SNSのTekTokでCMを始めたことで、爆発的に人気が出て、ファンになった、という話を聞いたことがある。そこへ、今日のバージョンアップだ。新しくファンになったと思しきクラスメイトたちが『TAL』の話で盛り上がり、意気投合したんだろう。ええー!! 羨ましい! 私も話の仲間に入りたい!!


聴力を最大限にまで引き上げ、彼女たちの話を聞く。どうやら三人の内、二人は鳴海と推しが一緒のようだ。……ますますもって仲間に入って喋りたい……。


しかし、此処は学校。鳴海が一般人に擬態していなくてはならない場所。もし万が一腐女子がばれたら、この一年と少しの間、素知らぬふりをして来た分、周りの追及は酷いだろう。それに、腐女子がばれたら、梶原は鳴海を捨てる。そうなれば、こんな腐女子の鳴海には、もう彼氏の成り手は居ないだろう。イコール、中学の卒業式リターンズだ。それは絶対に避けたい。


(ううっ、クラスに仲間が居るんだって知ってたら、最初から隠さなかったのに……!!)


でも、女子同士でオタクな話は出来ても、彼女たちが腐女子かどうかは会話から分からないし、もしオタクだけど腐女子じゃなかったら鳴海にとって致命的だ。それに男子は腐女子のことを嫌う。それならば、腐女子を分かって尚、彼氏として契約している梶原を逃すわけにはいかない。やはり鳴海に、カムアウトの道はないのだ。


(なんてこと……。熱く語れる同志がすぐ其処に居るのに、交われないなんて……)


腐女子の何が悪いんだ。男子に迷惑をかけたことなんてないじゃないか。それなのに、鳴海を腐女子であるが故に忌避嫌悪した男子の存在が憎い……。鳴海は中学卒業式の時の屈辱を思い出し、唇後ギリッと噛んだ時。

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