第8話
梶原はまずアトラクションに鳴海を誘った。マイレディの顔が付いたカートに乗って、コースのあちこちで写真を撮るというものだった。おお、この写真をSNSにアップするわけか。成程、一般人のデートっぽいな!? などと、梶原のリードに感心する。次に着ぐるみと記念撮影。着ぐるみは二体居て、シナロールとクロピーだった。スタッフであるフレンド(というらしい)が鳴海たちのスマホで交互に写真を撮ってくれた。梶原に、もっと嬉しそうな顔しろよ! と注意されたが、興味の無いものの隣で嬉しそうになんて、普通出来るか? と内心思いながらも、笑顔で写真に納まった。梶原は写真の鳴海の服装に触れ、
「上半身だけならまだ擬態できるから、SNSにアップするのは上半身にトリミングしてからにしろ」
と指導をくれた。指導に従って写真をタグ付きでアップする。直ぐにポンポンとイイネが付いて、それはタグの効果だと知らされる。
「……凄いね、こんなにピーロランドに飢えている人たちが居るの……?」
素直な疑問を口にすると、ちげーだろ! と即座に修正が入った。
「ピーロランドを好きなもの同士が、好きなものを共有したいっていう気持ちでイイネするんだよ! お前だってそう言う経験あるだろ!?」
成程、そうやって置き換えで言ってくれると分かりやすい。鳴海も、ウイリアムとテリースに関する発信には敏感に反応してしまうし、それが同じカップリングだったら、もう同好の士だった。
「成程……、ピーロランド好きにもオタク性があるという事ね……」
「オタク性とか言うな。かわいいものを共有したい気持ちと言え」
物は言いようだな。日本語、便利。そう思って、鳴海はまたも頷いて了承する。兎に角一般人の心得を会得する為に今日は梶原に付き合ってもらっているのだから、少しでもたくさんの知識を吸収して、学校での擬態に備えなければ。鳴海の気合に、梶原は大いに応えてくれた。その後も二つほどのアトラクションをこなし、ランチもパーク内で摂り(これまた見事にピンク色にデコられた食事に驚いた)、ショウを見たのち、同じくパーク内のカフェで水色にデコられたパンケーキを食べた。
「はあ、凄い色だった……。あとふにゃふにゃだった……」
きつね色の固いホットケーキ派である鳴海は、会計を梶原に任せてカフェを出ても満足できなかった。寂れた喫茶店で供されるバターだけが載ったホットケーキが食べたい。そういう思いに、新たにさせてくれる異次元のスイーツだった。
「待たせたな。どうだった、かわいいカフェだったろ。写真もいっぱい撮れたしな」
「……いや~……、なんというか……、脳が拒絶する食べ物だね、あれは……」
「なんでだよ!! 女子はあれがかわいいって喜ぶんだよ!! お前の脳みそが歪んでるからそんなこと思うんだよ!」
「歪んでて悪かったわね。英才教育のたまものよ」
母親が古の同人誌作家だったことから鳴海の人生は決まっていたのだ。それでなくとも、BLの世界程愛情と奥が深い世界はない。そんなことを知らない梶原は、ほんっとお前ってデートに誘い甲斐のないやつ! と大げさにため息を吐いた。
「別に誘うなら必要最低限で良いわよ。私は学校であんたとの契約を遂行するだけの知識があればいいだけだし、私の萌えを理解してもらおうとは思わないわ」
「俺だって、理解したかねーよ」
けっ、と、鳴海の大事な萌えを吐き捨てた梶原がずんずんと歩いていくので、やっとこのお子様騙しのゆめかわワールドから解放されるんだな、と、ほっとした。
パークを出たのは午後三時半。たった半日で、随分リア充したような気がした。
「ありがとう、梶原。おかげで学校でいい彼女を演じられそうだよ」
鳴海がそう言うと梶原は、
「当たり前だろ。そうじゃないと困る。この俺が腐女子の彼女を持ってるなんて話になったら、俺のメンツが台無しだからな」
などと言った。まあ、真実なので否定しない。梶原はこんな上から目線のやつではあるが、その明るさと吸引力で、男女問わず人気者だからだ。由佳が梶原をモテ要素凄い、と評したのには、外見以上にこの、人を引っ張っていく力のことを言っていたのだと思う。そんな梶原の彼女という位置に居る鳴海の言動も、きっと梶原と同じくらい、みんなが見るだろう。そのみんなの前で、完璧な仮面を被っていないといけない。腐女子がばれたら梶原は即、縁を切るだろうし、そうしたら中学の卒業式の二の舞だ。あの寂しさと屈辱は忘れがたい。何が何でも一般人として偽装し、ハッピーな卒業式を迎えるのだ、と鳴海は決意を新たにした。
朝、待ち合わせたターミナル駅まで戻ると、鳴海は路線が分かれる梶原に呼び止められた。
「これは、俺のささやかな心遣いだ」
そう言って差し出されたのは、クロピーのキーホルダーだった。梶原の手には二つそれが載っていて、一つは自分用らしい。
「これで如何にも、俺がお前の誘いを断れなくて、仲良く一緒にピーロランドに行った、っていう証拠が出来ただろ」
学校での擬態のテンプレートを作ってくれる梶原は、手の行き届いた男だな、と思う。鳴海はありがたくキーホルダーを受け取ると、鞄に仕舞った。
「これから学校に付けて来いよ。俺は付けないけど持ってる。なんか俺らのことを疑われたら、今日の写真とこれを見せてやれ。お揃いのキーホルダーも良い証拠なんだよ。まあ、今まで通り、お前が学校でしっかりの擬態してれば、疑われる隙は無いと思うから、頑張ってくれよ」
最後にそう言い残して、梶原は帰る電車に乗り込んでいった。鳴海は月曜日からの学校生活のシミュレーションを頭の中で繰り広げた。取り敢えず、由佳にSNSのアカウントを取ったことを報告して、流れるように交わされるであろう女子トークをせねばなるまいな、とは思った。
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