第9話



月曜日に登校すると、席に着いた鳴海の所にクラスの女子たちがわっと集まって来た。


「市原さん、梶原くんとデートしたんだって?」

「梶原くんのエスコートでピーロランドに行ったんでしょ?」

「いいなあ。梶原くんイケメンだしスポーツマンだし、リーダーシップもあるし、いいなって言ってる子多いんだよ」

「でも、梶原くんと市原さんだったら文句言う人居ないよね~。美男美女カップルで、非のつけどころがないし!」

「写真ある? 私服の梶原くん、見てみたい!」


そう口々に言われて、そこまで梶原の人気が女子たちに浸透していたことに驚く。一見、まあイケメンではあるけれど、鳴海が関わるタイプではないと思っていただけに、梶原の先手は確かに鳴海に落ち着きを与えていた。スマホを取り出してクロピーとのスリーショットを見せると、鳴海を囲んでいた女子たちがわっと湧く。


「わ~、期待を裏切らないイケメン! チョイスがおしゃれ!」

「ピーロで目立ったでしょう? こんなイケメンの隣で写真が撮れるのは、やっぱり市原さんくらい美人じゃないと駄目だね~」


口々に騒がれて、おっ、これは表面的とはいえ、理想の卒業式に一歩ずつ近づいてる? と思わせる展開だった。それはまあ嬉しい。この人気を維持すれば、卒業式にわびしい思いをすることはないだろう。鳴海はそう期待した。その輪に加わった由佳が


「シナロールやクロッピよりも、なるちゃんの方がかわいいって言うのが羨ましいな。それに、ただ立ってるだけなのに、梶原くん、ファッション雑誌の読モみたいにかっこいいし。クロッピのイケポーズも霞んじゃうね」


などと言ったのを、周りの女子たちが肯定する。この女子受けが、腐女子であることが知れたら手のひらを反すように覆るのかと思うと、それが、なんとしてでも腐女子であることを隠し通して、友達と彼氏に恵まれた卒業式を迎えるのだと、余計に鳴海に思わせた。


その時、女子の輪の外側からにゅっと背の高い男子が鳴海のスマホを覗き込んだ。


「あれ、市原さんってピーロランド好きだったの?」

「きゃっ!」


声を掛けてきたのは同じクラスの栗里だった。急に現れた栗里に驚いて、小さな悲鳴を上げたのは由佳だ。


「栗里くん、急に人の頭の上からの登場の仕方はどうなの? 由佳がびっくりしてるじゃない」

「いや、みんなが騒いでたから、気になって。驚かせてごめんね、生田さん。大丈夫?」


栗原はやさしそうな顔をしたイケメンで、梶原が剛とすれば栗原は柔、というイメージの物腰柔らかな男子で、こう言う時の女子へのフォローもスマートで完璧だ。由佳は少し顔を赤らめて、突然のことに跳ねたのだろう胸を押さえながら、大丈夫、と頷いた。


「それより、ピーロランドに行ったんだって?」


この高校に入学して以来、この学年ではどっちかというと梶原派という人と、どっちかというと栗原派という人に分かれていた。……とはいえ、学校が二分するようなことはなく、梶原のリーダーシップでこの学年はまとまっていた。


「そうなの、梶原が連れて行ってくれたの。初めてだったけど楽しかったよ」


鳴海がそう言うと栗原は、ふうん? と一瞬思案した様子になって、それからこう言った。


「初めてのデートプランにしては、梶原のプランに頼りすぎじゃない? 普通だったら市原さんの好みを聞いて優先しそうなのに」


そう言うものなのか? なにせ、本質は腐女子で一般人のデートがどんなものか分からないので、言い返しようがない。鳴海としては一般人のデートをリードしてくれたのだから、これ以上ない感謝を梶原に感じている。


「初めてだったんだけど、でも楽しかったよ。いっぱい写真も撮ったし、お土産まで買ってくれたの」


そう言って買ってもらったキーホルダーを見せれば、あっ、それ25周年の記念デザインだね、と由佳からアシストが入る。


「かわいくてお気に入りなの。丁度タイミングよく行けて、良かったわ」

「へえ……。意外だな。市原さんって、そういうかわいい系じゃないと思ってた」


どきっ。本当はカッコいいのとクールの組み合わせが最高に好きですけど、それは言えない。そう思って、そお? とあいまいに返す。


「僕なら、市原さんを本当に満足させられそうなのにな。……市原さんさあ、一度、僕とお試しにデートしてみない?」

「は?」


話の急な展開に鳴海が目を白黒させていると、栗原はにこりと柔和な笑みを顔に浮かべながら、続けた。


「なんとなくだけどね? 市原さんと梶原ってタイプが違うから、趣味とかがかけ離れてるんじゃないかと思うんだ。梶原はアクティブ派だけど、市原さんって文科系というかインドア派に見えるんだよね。だから、僕と市原さんはタイプが似てると思うんだ。デートプランも、テーマパークより映画とかの方が好きそう」


微笑む栗里と、黄色い声を上げる鳴海を取り囲んでいた女子たち。一気に騒がしくなった教室に、廊下から悲鳴のような声が聞こえた。

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