告白

第50話




十一月下旬には生徒会も代替わりして、文化祭前はあれ程通っていた生徒会室にも、行く必要はなくなった。鳴海は梶原と表向きは恋人関係を保っていたが、以前よりぐっと会うことは少なくなった。目の前には受験がある。恋だのなんだのと、言っていられなくなったのだ。


勉強、勉強、また勉強、と、憂鬱な日々を過ごしていても、教室の何処かに寂しさを感じる。ぬるま湯のような高校生活が終わろうとしている。春になったらみんなが各地に飛んで、会えない人の方が多い。鳴海と梶原も、そう言う関係だった。寂寥の念を胸に抱きつつも最初からそういう関係だったのだと自分に言い聞かせる。はずだ。筈だった。


なのにピーロショップに来ているとは何事だ。


(何故来た! 私!! もう梶原のことなんて関係ないって、あれ程思ってたのに!!)


折しも共通テストを終えてひと段落。これから二次に向けてみんな気合を入れ直している最中だというのに、己の腑抜けた頭に100トンハンマーをぶつけたい気持ちだった。鳴海の目の前のピンクと水色の看板のお店には、女子たちがキャッキャと賑やかにウインドウショッピング、あるいは品定めしている。


世間はお正月が終わればバレンタインデー一色だ。鳴海が使う路線だって、今や電車の広告はチョコレートフェアの広告でいっぱいになっている。年中行事の一環だって、そんなことわかっている。そして、自分が受験生だってことも重々承知だ。なんせこれから塾に行かなければならないんだから。


(なのに、なんで此処に居るんだ! 私!!)


時間はないぞ。塾に間に合うようにミッションをこなさなければならない。……って、いつの間にミッションになったんだ!!


って……。


「……一応は、まだ恋人ってことになってるから、さあ……」


言い訳のように呟いた言葉の頼りないこと頼りないこと。勿論デパートのチョコレートフェアのチョコなんて買ったら本気が丸わかりだから、ピーロのチョコくらいで、梶原はオッケーなのよ! そう! いわゆるこれも擬態の一環! 学校で最後に恋人っぽい所を見せておけば……。


(……って、そんなことをしたら、梶原、ますます由佳に告白しなくなっちゃうかなあ……)


もう本当に、早くあそこでまとまって欲しい。鳴海に引導を突き付けて欲しい。未練がなくなれば受験勉強一本に絞れるのに、梶原がまだ鳴海と契約を続けていることで、鳴海が宙ぶらりんのまま何処にも落ち着くことが出来ない。


(……仮にも恋人なら、受験勉強しててもチョコ渡したって疑問に思われないかもしれない……。これを渡して、契約の仕事は終わりにしよう……。そんで、梶原にはっぱかけておこう……)


鳴海はクロピーの入ったチョコレートのアソートボックスを手に取った。


果たしてバレンタインデー。流石の受験期真っただ中だから、浮ついた空気は何処にもなかった。ただ、梶原も栗里も、後輩たちからはロッカーにチョコレートが届いていたり、休み時間に呼び出されたりはしていた。


「一、二年は呑気で良いねえ……。このピりついた空気の中、チョコの話題とかよく出せるなあ……」


呆れかえってそう言ったのは香織だ。確かにそうかもしれない。鳴海は鞄の中に忍ばせてあったクロピーのアソートボックスに意識を向けた。


こんな受験一色の空気の中、こんなものを渡して呆れられたらどうしよう? いやいっそその方が未練が切れて良いのか? ぐるぐると悩む鳴海の視界に廊下を行き過ぎる梶原の姿が映る。それだけで胸の奥がツンと痛んで、鳴海は手をぎゅっと握った。


(……もうあとちょっとしか、あの顔も見ることが出来ないのか……)


居住区で通学の決まる小学校中学校と違って、高校は卒業したら同窓会などのイベントがない限り、別れた人とは会えない。鳴海と梶原はそもそもお互いが擬態して高校生活を送る為の共同戦線を張っていただけで、文化祭の時にクロピーオタバレしている梶原の残る課題は由佳に告白することだけだし、告白したら、偽装の恋人なんかの鳴海に卒業してからも会いたいなんて思わないだろう。


うっ、自分で考えてて落ち込んだ。落ち込んだけど、落ち込んで事態が変わるわけではないし、鳴海がクロピーのチョコを渡したって、良くて空き箱のコレクションが増えることを喜んでくれるくらいだろう。


(良いんだよ、クロピーがらみでも喜んだ顔を見せてくれるんだったらさ。……だって私のアドバンテージはそれしかないんだもん……)


そう思って、鳴海は鞄を持って自席を立つと、廊下を行ってしまった梶原を追った。


「か、梶原……っ」


梶原が教室に入る前、鳴海は何とか彼を呼び止めることに成功した。生徒会が代替わりしてから会ってなかったから、正面きって梶原の顔を見るのは久しぶりだ。呼び止められた梶原は、何の用事かとびっくりした顔で鳴海を見た。そんな顔でも見てしまうとどうしても胸がきゅんとしてしまう。……ああ、これは相当重症だ……。そんなことを鳴海が思ってるとも知らず、梶原は鳴海を見つめたまま、そこに立っていた。


(そうだよね、もはや受験生の同学年から今日という日に呼び止められる理由なんて、ないもんね)


「ええと、……一応、年中行事だし……」


そう言って鳴海は鞄から自分で二重にラッピングしたアソートボックスを差し出した。


受験生から放たれる『年中行事』の虚しさな! お正月だって受験勉強してたのに、って話だよ!


と思いつつも、既に梶原がロッカーで受け取ったと思しき紙袋たちの一員に加えて欲しいと思っていると、梶原が目を瞬かせて鳴海とラッピングの袋を交互に見た。

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