第55話

「そのぬいぐるみは何処で買ったんだよ。俺見たことねーけど」


「ああ、これは栗里くんが買ってくれたのよ」


鳴海がそう言うと、声を上げて憤慨した。


「はあ!? お前、いつの間にあいつから物貰ってたんだよ! 一応俺の彼女だろ!?」


『一応』だからね。ホントの彼氏でもないのに、なに鳴海を拘束するつもりで居るんだろ。それに、そもそもの原因は梶原だ。


「栗里くんには、あんたが由佳のこと好きだってバレてるからね。それをカタにされて、一度だけ出掛けたわ。そもそもあんたが迂闊だから、私が被害を被ったのよ。むしろ私は被害者よ」


「ちぇ……」


梶原は抹茶のフィナンシェをひと口齧った。


午後の陽光がラウンジの大きな窓から差し込んでいる。外は真冬の寒さだが、施設内暖房と、その煌めく陽光のおかげで、この場はまるで春みたいだ。鳴海はスコーンを食べ終わると紅茶をひと口飲んだ。カップを置くと、梶原がフィナンシェを半分食べたところで、クロピーの頭を撫でた。


「高校に来て、この趣味打ち明ける羽目になるとは思ってなかったなあ」


梶原がクロピーをなでながらうっとりとそう言う。そう言えばこの人、公衆の面前でクロピー好きを告白したんだよな、と鮮明な記憶を顧みた。


「結局あんたは勇気を出したんだもんなあ。それも由佳の前で。凄いよ、尊敬する。でも私も、高校来てまでこんなにオタ活が出来るとは思わなかったから、楽しかったなあ。梶原のおかげだよ」


「そりゃ、お互い様だろ。それに勇気出したってんなら、お前だってそうじゃん。河上たちと腐女子仲間で盛り上がってたの、知ってんだぜ、俺……」


「あれ、見てたの?」


「通りすがりに見えたの!」


むう、と少し拗ねたような顔をした梶原が一転、はあ、とため息を吐いた。見てた、と、見えた、の違いにむっとしたのは分かるけど(いや、そもそも些細な違いだからそこにこだわる理由は分かんないけど)、何故ため息を吐かれなきゃいけないのかは分からない。それでも、梶原に感謝してることは伝えなきゃ、と思って、鳴海は言葉を続けた。


「でもさ……、やっぱり梶原が最初に私のスマホ見た時に、中学の同級生みたいに囃し立てて、気持ち悪がって、茶化さなかったからさ、最悪な状態からのスタートにならなかったじゃない。それが私には幸いしたと思うんだ。それに、契約持ち出されたときは、マジか、梶原、頭大丈夫か、って思ったけど、よくよく考えてみれば、そのあと梶原、決定的に私の腐女子を否定しなかったよね。だからだと思うんだ。あんたが私の腐女子を受け止めてくれたから、私も梶原の前で自信を持ってオタ活出来た。いろんなデート、楽しかったよ。ありがとう」


微笑む鳴海に、梶原が渋面をした。


「止めろよ、今生の別れみたいに」


「でもまあ、それに近いんじゃない……? 高校までは中学生を引きずっていられるけど、大学は世界が広そうだから、それが出来るとは思えないし……」


だから、鳴海も大学に入学したら、きっぱり梶原を忘れる。春休み中はぐずぐずしてしまうかもしれないけど、大学に行ったら気持ちを切り替えるんだ。鳴海の晴れ晴れとした顔を見て、梶原が拗ねたような顔をした。


「……まだ卒業式があるだろ。お前ひとりで先に卒業するなよ……」


「うん、まあ、そうなんだけどね……」


気持ちの整理は、少しずつつけていかないと。梶原はまだ拗ねたような顔をしている。オタ友が遠くなるのが寂しいのは分かるけど、それも踏まえての卒業だから。


「卒業式で、今までのこと全部丸く収まるの。それが、私の望む卒業式よ」


カップに残った紅茶を飲み込んで、鳴海が前を向く。梶原は、やっぱり不貞腐れたような顔のままだった。







月曜日に登校すると、梶原は栗里を呼び出した。


「なに? 前に渡り廊下から見てたの、知ってるけど、梶原は市原さんに本気じゃないんだから、僕は責められる理由がないと思うけど?」


栗里は俺が話しかけるとイライラして言った。当たり前だ。こいつは俺のライバルでもある訳だし。だけど手を借りるなら栗里しかいない。俺は頭を下げて事情を話した。


「はあ? 告白したい子がいるから力を貸せって、馬鹿なの? なんで僕がお前に協力しなきゃいけないわけ? お前が生田さんを好きだったとして、それは絶対叶わないし、もしホントにそうなら僕はとことんお前の邪魔をするね。お前には恨みがあるからさ。それ以上に、まさか今更市原さんに本気だなんて言わないんだろ? もしそうなら、余計に邪魔したいね」


栗里は苛立ちも露わにそう言った。しかし梶原は栗里に頼むしかないのだ。出来ることは全てやってしまっていて、あとは栗里だけが頼りなんだから。梶原はもう一度、協力してくれ、と盛大に頭を下げた。DKのプライドなんて言ってられない。好きな子に告白できずに卒業なんて、出来るもんか。


栗里が、呆れた顔をして梶原を見ていた。

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