第40話


そして日曜日。梶原を連れて鳴海が降り立った駅は、ピーロランドの最寄り駅ではなく、東京ベイエリアのホテル前の駅だった。梶原はその部屋に入った時、声にならない感嘆の声をあげた。


「…………っ!」


「どう? 凄いでしょう?」


ふふふ、と鳴海は梶原の反応に大満足だ。梶原の目の前には、ピンクと水色に彩られた壁紙を含むファブリックや備品、アメニティは勿論のこと、ピーロランド特性の各キャラのぬいぐるみが揃えられた、豪華なゆめかわワールドな部屋だった。


クイーンサイズのこのラグジュアリーな部屋を、このホテルがピーロランドとコラボしてイメージアップさせ、この部屋でお茶が出来るという企画が、ネットに載っていたのだ。絶対梶原が喜ぶと思って予約したが、肝心の梶原は、よろ、よろよろ、と部屋の中に入っていき、部屋の隅々までに施されたゆめかわグッズを視覚から触感から堪能していた。


「すっげ……。すっげ、すっげ、すっげーよ、市原……!!」


声が震えているのが分かる。それだけで鳴海はやり遂げた気持ちになった。……が、本題はこれからだ。


「ここでね、アフタヌーンティーが戴けるんだけど、そのコンセプトが『あなたもピーロキャラに! 特別なお洋服で召し上がるピーロアフタヌーンティー』っていうやつでね……」


鳴海は梶原の目の前でクローゼットの扉をバッと開いた。其処にはピーロの各キャラが歴代着てきた衣装の人間版が揃い詰まっていた。……勿論、クロピーが主役となった、あの皇子ロリータの服もある。鳴海はハンガーに掛かっていたクロピーの洋服を取り出して、梶原に見せた。


「これ!! クロピーのあの時の服よ!! 梶原、クロピーに憧れてたんでしょう? もうクロピーになっちゃいなよ!!」


「!! !! !!」


梶原は最初の一瞬驚いた顔をして、それから、ぱああああっ、と感動に打ち震えた、きらきらした目をした。……そう、クロピーを尊敬していることを熱く語ったあの時の梶原と同じ目だ。


「なれる……のか……!? 俺が、クロッピに……!?」


「なれるんだよ!! なっちゃおうよ!!」


鳴海はクロピーの衣装を梶原に充てて、姿見を見させた。鏡に映った梶原の目が喜びで輝いている。ほっぺたが興奮でつやつやとしている。ああ、この部屋を予約して、本当に良かった。こんなに喜んでもらえるなんて。


「ほらほら! 着替えて来なよ!! バスルームがバスとシャワーと洗面が全部別だし、すごい広いから着替えなんて平気だよ!!」


そう言って梶原にクロピーの衣装をハンガーごと持たせ、バスルームへ追いやった。うふふ、上手くいったわ。梶原、凄く感動してくれた。鳴海はホクホクとした気持ちでいっぱいだった。


梶原が着替えている間、鳴海も見物がてらクローゼットの衣装をまじまじと見た。凄いなあ、これ全キャラの歴代の衣装って、作るの大変だっただろうなあ。でもあのランドには結構なコアファンも居るし、こういう衣装は今回だけじゃなくて、いずれ何度か使われて行くんだろうな。こんな、ホテルとコラボとかではなくて、それこそランドでキャラになり切れば、着ぐるみとお揃いツーショットとか出来るし、そうしたらお客さんも喜ぶんじゃないかな。女子は変身願望が強いみたいだし、今までピーロがらみで梶原といろんなところへ行ったけど、何処でも女の子たちがかわいくおしゃれしてて、そういう意識は高そうだ。


などと考えていたら、バスルームのドアがかちゃりと開いた。着替えてはすルームから出てきた梶原は、黒の皇子ロリータに身を包み、どこか緊張した面持ちで鳴海の前に姿を現した。しかし流石ピーロランドコラボ。あの時のクロピーがそのまま再現されていて、光沢のある黒の身頃も、金の縁取りも、細かな細工の施されたボタンやチェーンも、首元と胸元に堂々輝く青のビジューの色の深さも、本物そっくりだった。隣にキッティの王女服を着た由佳を並べても遜色ないほど、梶原は皇子になり切っていた。


「おおっ、梶原、すっごくイイよ!! クロピーそのものじゃん!!」


そう言って梶原をもう一度姿見の前に立たせた。やや緊張気味の梶原は、黒の皇子ロリータに身を包み、その姿を姿見で確認した。


「あと、これを被って完璧にクロピーだね!」


そう言って鳴海が梶原に被せたのは、きらきらのスワロフスキーで出来た王冠。あの展示会でクロピーの像が被っていた王冠だ。


「……!!」


目を瞠って鏡の中を凝視する梶原に満足した鳴海は、早速アフタヌーンティーを届けてもらおうと、フロントに連絡しようとした。……と、その手を梶原が止めた。


「? 梶原?」

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