第27話
*
冬休みが明け、街は一筋バレンタインモードになる。鳴海は毎年自室のウイリアムとテリースの祭壇にデパートの限定高級チョコを供えている。限定高級チョコでないと『TAL』の世界の二人には相応しくないし、打算で言えば、後々自分が食べるのだから、美味しい方が良いという理由である。
……というわけで、バレンタイン直前の日曜日のデパートのチョコ売り場という過酷な戦場で見事戦利品を勝ち取って来た鳴海は、ふと気が向いて寄り道をした。
寄り道の先はピンクと水色の看板のかかった、ピーロショップだった。相も変わらずここは女子子供が多い。っていうか100%じゃん? と思いながら店内に入ると、それは店頭の目立つところに陳列されていた。……言わずもがな、ピーロキャラの形をしたチョコレートのアソートボックスである。
……そう、梶原に、アクキーのお礼にチョコをあげようと思いついたのだ。そもそも梶原と鳴海の間のギブアンドテイクでは、鳴海のギブが多くなっているが、そういうのとは別に、すっごく欲しかったアクキーを、手練れの技で見つけてくれた梶原へのお礼をしたくて、思いついたのだ。
(だって、すっごくすっごく嬉しかったし、梶原のこともちょっと見直したから、そういう意味も込めてというか……)
要は感謝の気持ちである。沢山ギブしたからって、人間、謙虚な姿勢は忘れてはいけないのである。
そんなわけで色々あるアソートボックスを一つずつ丁寧に見ていく。どれもキッティやシナロールが入っていて、そのほかの三体分がよりどりみどりになるように作られている。流石サンリノ、キッティとシナロールは外せないっていうことを、マーケティングで知っているんだな、等と感心している場合じゃない。売り場をじっくり探すけど、クロピーの入ったアソートボックスだけが出てこないのである。
(ちょっと待って。これは流石に想像してなかった……)
いくら日陰ものとはいえ、キャラクターとして売り出しているなら、アソートボックスに入れられても良さそうなもんである。その気配すらないという事は……。
(ク、クロピー、可哀想……)
あまりの境遇に、ちょっと涙ぐむ勢いである。その時。
「ママー。あたし、クロッピのはいってるやつ、イヤー。ポヨポヨプリンの入ってるのが良いー」
幼稚園児だろうか? 女の子が手に持っていた緑色の箱を棚の一番すみに戻した。こっ、このすき間がクロピーの入ったアソートボックスの場所だったのか……!! あまりに隅っこ過ぎて分からなかったよ!!
そんなわけで、鳴海は無事(在庫限りっぽい)最後のひと箱をゲットすることが出来た。フィルムの張られた箱をまじまじと見ると、クロピーはこの前のイベントで披露した皇子ロリータの格好をしていた。よしよし、これでアクキーのお礼が出来るぞ。梶原はあの催しでクロピーが皇子になってたことを大層喜んでたから、メーカー側の采配にも喜ぶだろう。そう思って胸躍らせて帰宅した。梶原が、このアソートボックスを見てどんな顔をするのかな、と思ったら、明日渡すのが楽しみだった。
翌バレンタインデー。学校中がそわそわと浮足立っているのが分かる。鳴海といえば、小学校中学校時代は言わずもがな、一年生の時にもこの行事に関係がなかったからスルーで居たけど、こうしてみると、いかに今日という日に想いを掛けている子がいるかという事が分かる。朝、登校すると既に戦いは始まっていて、ロッカーに手紙つきのチョコレートが入っていたり、中庭に呼び出されていたりする男子があちこちに居た。
(知らなかったわー。これはもう、学校行事というべきではないの?)
などと思いながら鳴海は靴を履き替えて教室に向かうと、教室の前では栗里が女子たちに囲まれていた。
おお、流石優男王子。おそらく去年もこんな情景が繰り広げられていたんだろうなあと思うが、まあ鳴海の知ったことではない。スルーで教室に入ろうとすると、女子に囲まれていた栗里が鳴海に声を掛けてきた。
「市原さん、おはよう。今日は何の日だか知ってるよね?」
「知ってるけど、それがどうしたの」
栗里のこの現状を見れば、忘れていたとしても思い出すだろう。それが分からない程、鳴海は馬鹿に見えるのか。そう思ったら、栗里が、僕の分はないの? と問うてきた。
「は?」
「だって、その赤いリボン、チョコでしょ。同じ生徒会執行委員同士、義理チョコでもないの? って聞いたんだけど」
「なんで栗里くんに義理チョコあげなきゃいけないのよ。そんなにたくさん本命チョコ貰ってる人が」
「やだなあ。沢山の本命じゃない子の本命チョコ<<<<<<<<<本命の子の義理チョコ、だよ。そのくらい分かるでしょ」
なに言ってんだか。鳴海のことを狩りのように思ってるくせに、いけしゃあしゃあと、よくそんな都合のいいことが言えるなと呆れてしまう。冷めた目で栗里を見ると、鳴海は栗里を突っぱねた。
「悪いけど、
梶原のチョコは謝礼のつもりだからノーカンだ。
鳴海はそう言って教室に入った。自席に着席すると、さていつこのチョコを梶原に渡そうかな、と考えるが、ラッピングがピーロの包装紙なので、人の目があるところは駄目だ。となると、帰りの電車の中か。それまで梶原の喜ぶ顔が見れないのはつまんないけど、梶原の擬態を守るためにも我慢することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます