第13話


その後も梶原は会場にある全てのクロピースイーツを網羅し、次々とその雄姿をスマホに収め、そしてそのほとんどを食べるのは鳴海だった。コラボカフェの会場がリッツカートルトンホテルという事もあって、鳴海はその上品なスイーツたちを満喫した。そして梶原が会計をしている間に化粧直しに行き、戻ってくると、梶原は二人組の女の子と何やら話し込んでいた。


知り合いかな? それとも、ああいうゆめかわいいに馴染むような、パステルカラーの洋服が似合う女子が好みなのかな? そう思って声を掛けずにいたら、ふと梶原が此方を見た。おそらく鳴海が戻ってきているかどうかを確認したんだろう、梶原は鳴海を視界に認めると、大変なんだ、と血相を変えて駆け寄って来た。何事かと思って話を聞くと、


「この子がキーホルダーを落としたって言うんだ」

「キーホルダー?」


女の子曰く、店の前のコラボカフェ開催を知らせる看板と共に記念写真を撮ろうとしたら、中にピーロランドのキャラクターのキーホルダーを入れた巾着袋がなかったのだと言う。なくしたという女の子は涙目で、


「大事にしてたのに……」


と俯いてしまった。それを友達の女の子が探そうよ、手伝うよ、と励ましている。


「俺も探すよ。どんな色の巾着? 柄は? 中に入ってるキーホルダーは何?」


梶原の言葉に女の子たちが驚いている。


「あ……、ええと、巾着は、ピンク色の、シナロールの柄のやつです……。キーホルダーは、天使の羽根が付いたシナロールのと、パティシエのシナロールです……」

「巾着、シナロールのピンク色のグッズだったら、30周年記念のグッズじゃん! それに、パティシエのやつは、確か期間限定でピーロショップと人気漫画家がコラボしたやつだよね!? 大変だ、絶対探し出さなきゃ!!」

「えっ? い、一緒に探してくれるんですか……?」

「勿論! 大事な宝物だろ?」


梶原は女の子たちと一緒にラウンジフロアを探し出した。観葉植物の葉に隠れた根元や、待ち合わせに使われるソファの脇など、細かく見てまわる。しかし、何度も何度もフロアをくまなく探しても、件の巾着は見つからなかった。このフロアには、コラボカフェを目当てに沢山の女の子たちが訪れている。その中の、心無い人が、もしかしたら落ちていたレアものの巾着とキーホルダーを持って行ってしまったという事も考えられる。そんな嫌な考えが頭をよぎった時だった。女の子がか細く呟いた。


「もう駄目だ……。諦めます……」


女の子もそう考えたのか、見つからないことに落胆し、泣きそうなまま肩を落とした女の子の正面に立った梶原が、女の子を励ます。


「諦めちゃ駄目だ! 君の大好きなシナロールを大事にしてくれ!」


梶原が女の子を励ました言葉に鳴海もはっとした。それは、推しを推すうえで一番根本の、気持ちだった。愛し、崇拝する推しのことを諦めない。しかもそれが一期一会のめぐり逢いの限定グッズだったら尚更のこと。推しは推されるためにそこにあって、推されて初めて輝く。鳴海も常日頃から思っていたことだった。


「そうだよ、諦めないで。落としたのがこのフロアじゃないかもしれないでしょ? もっと手広く探してみよう」


鳴海の言葉に梶原が賛成する。女の子たちはそうですね、と言いつつ、コラボ会場の入り口をちらりと見た。入り口で写真を撮ろうとしていたのだから、きっとこれから入るつもりだったのだろう。この子たちには(巾着とキーホルダーは気がかりだろうけど)コラボカフェを楽しんでもらったらどうだろう、と思ったところだった。梶原が、


「君たち、折角来たんだから、少しの間カフェを楽しんで来たらどう?」


と提案した。女の子たちは遠慮していたが、折角取った予約、しかもおしゃれして来たのに、キャラスイーツの世界を楽しめないのはかわいそうだ。鳴海も梶原に同意し、彼女たちに納得してもらった。その代わり、その間に鳴海と二人で巾着とキーホルダーを探してやると約束した。カフェは一時間制で、入れば60分で席を立たなければならない。一時間後に、また会場入り口前で会うことを約束し、彼女たちを店の中に送りだそうとした時だった。泣きそうだった女の子が梶原を振り返って、こう問うた。


「……なんで、……そんなに親切にしてくれるんですか……?」


ごもっともな疑問だったし、鳴海も、梶原が見知らぬ女の子にここまで親切に出来る性格だとは思っていなかった。特に今の若者は対人関係が希薄だし、通りすがりの他人に対してはそれがより顕著に出る。女の子の疑問と鳴海の疑問に、梶原は明るく応えた。


「俺はクロッピが好きだからな。クロッピに顔向けできないようなことはしないよ」


そう言って女の子たちを店に送り出すと、梶原は鳴海を連れて最上階フロアを降りた。

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