第53話
「梶原が私に唯一くれたプレゼントがこれなのよ」
アクキーを揺らしながら、笑っちゃうよね、と鳴海は由佳に言った。
「恋人役にこんなものしかくれなかったの。そんなことも分からないくらい、梶原には好きな人が居るのよ……」
由佳は黙っているだけだった。でも、聞いてもらえただけで心がすっと晴れた。やっぱり、隠し事は良くないんだな……。やっと、分かった……。みんなとも、もっと本気で話してくればよかった。でももう遅い……。
鳴海の告白は、これで、終わり。由佳は秘密を他言しない子だし、鳴海は梶原に告白する気はない。由佳との間で秘密は守られて、それで表面上は、目標だった『彼氏と一緒の卒業式』を迎える。中学卒業の時に立てた目標が達成できるんだもん。ちょっとの不都合くらい、目をつぶらなきゃ。
「ふふふ。馬鹿みたいね。最初っから、分かってたことなのに」
腐女子だもん。妄想でいっぱいいい恋見てきたから、リアルの恋は実らないよ。鳴海はそう思った。由佳は黙って鳴海を見ていた。
冬の風が、鳴海たちの周りを通り過ぎた。校舎の影で、栗里が鳴海たちのことを見ていた……。
鳴海が、用事があると言う由佳と別れて帰ろうとしたら、校舎の角を曲がったところに居たのは栗里だった。
「僕が取ってあげたキャラぬいが、市原さんの生きがいだったんだね」
聞いていたか、見ていたのか。今も鳴海の鞄のファスナーからはポーチの口から覗く、アクリルキーホルダーの姿が。
「そうなの。あの時はホントに嬉しかった、ありがとう」
心底本音なのでそういうと、栗里はやけに真面目に鳴海を見た。
「僕だったら、市原さんがあのキャラたちを好きでも構わないよ。梶原は生田さんを好きなんでしょ? 僕にしなよ」
「あはは、栗里くんには腐女子なんて似合わないし、もっと真っ当な子を選べるでしょ?」
笑い飛ばして、栗里の脇を通り過ぎようとした。その時、横から手が伸びて、まるでマフラーを撒くみたいに、首から肩を抱き締められた。
「……っ!!」
「僕にしとけばいいのに。……絶対に本当の笑顔にさせてあげるよ……?」
校舎の影を見渡せる渡り廊下の窓から支柱にさっと隠れる人影を、孝也は視界の端に認めたけど、市原を抱き締めた腕は解かなかった。ひゅう、と足元を冷たい風がさらう。もう少ししたらぬるんでくるはずだ。その頃には、孝也も市原も笑えている筈なのに。
「……栗里くんはさ、手に入らない
最初に宣言した言葉が悪かった。あの時は梶原に対抗するばかりで、こんな気持ちになるとは思わなかったのに……。
「違う、僕は……っ」
「違う? だって、狩猟本能なんでしょ? 恋じゃないよ」
「ちが……っ」
言葉に詰まる栗里に、鳴海は淡々と告げる。
「どう違うの? 全校生徒の目の前で、梶原に見せつけるようにして私の手を取ったのは、表面上私の彼氏である梶原に対抗しようとしたからだけじゃないの? それって、男の対抗意識だけで、つまり手を取るのは梶原を悔しがらせる相手なら、私じゃなくても誰だってよかったよね? 梶原が公言してたら、由佳だって良かったわけでしょ?」
「ちが……っ! ……っ、いや……、……そっか。……、そうか……、……うん、そうかも……、そうかもしれない……、ね……」
栗里の胸に去来した想いは何だったのか。それは鳴海には分からなかった……。
交際を断ったからと言って、明日学校休んじゃ駄目だよ、そもそも私のこと好きでも何でもないんだし。
そう言い残して、市原は去った。やれやれ、孝也が本気で告白して落ちなかった女の子は、もしかして初めてじゃないだろうか? というか、市原以上に本気だった恋があっただろうか?
ため息交じりに髪をかき混ぜると、昇降口の方から生田が出てきた。
「……栗里くん……」
「……なに。見てたの……? 趣味悪いなあ……」
きっと今、自暴自棄で、普段のやさしい王子さまを演じられていない。皮肉に曲げた口許に動じることなく、生田が孝也の前に歩み出て、孝也の目を見た。
「……っ、……わたし……っ、……わたし、栗里くんのことが、すき……です……っ」
馬鹿らしくなる。傷心に付け込めば、OKするとでも思ったのだろうか?
「……生田さん、見てたんでしょ? それなのにこのタイミングで告白するって、すっごく卑怯だよね? 僕がそんな気になると思う?」
孝也が、わざと女の子を傷付けようとして言葉を吐いたのは、多分これが初めてだ。生田はそれでも驚きもせずに、孝也を見つめ続けた。
「良いの。伝えたかっただけだから……。なるちゃんがランウエイで寂しそうだったから、なるちゃんを悲しませたくなくて、言えたの……。好きな人が誰をちゃんと好きなのかは、見てきたから分かります……」
微笑んでそう言う生田の輝いた顔に、孝也は一瞬見惚れた。
「聞いてくれて、ありがとうございます。みんなには、何も言わないので……」
そう言って、生田は孝也に頭を下げて去って行った。みんなみんな、孝也の許から去って行く。孝也はそうやってまた、王子さまを演じ続けるのだ……。
栗里と別れた鳴海は教室に戻った。丁度、香織たちが教科書と参考書を前に盛り上がっていた。受験勉強、そんなに楽しいか? と思ったけど違った。会話の端々に「テリースが」とか「これだから『TAL』は裏切らないわよね」だとか聞こえてくる。そう言えば今日はバージョンアップの日だったか。受験勉強一色で忘れていた。萌えセンサーが鈍ってるなあ、と思いつつも、餌が其処にあれば食いつくのがオタクだ。鳴海は梶原みたいに勇気を持ちたいと思い、意を決して香織たちに近づいた。どきん、どきん、と心臓が跳ねる。
「てぃ……『TAL』、……今日、新エピが発表だったんだね」
震える鳴海の声掛けに、香織が振り向いた。
「そうなの! もう乙女のハートを打ち抜いてくる制作陣には感謝しかないわ! 夜のランタン祭りにお忍びデートなんて、リアルのフェスでも想像できそう! ……って、あれ? 市原さんも『TAL』好きだったの?」
よっしゃ! 投げたボールが帰って来たぞ! このままスムーズに会話を続ければ……!!
「そ、そうなの。実は好きだったんだ……。前に、眼中になし見たいなこと言っちゃって、ごめんね」
「え~、いいよそんなの! 気にしてないよ! それより市原さんは誰が好きなの?」
「じ……っ、実は、ウイリアムとテリースが好きでさ……。……いやあ、あの二人の関係性が、たまらなく良いなあと思ってたの……」
ぎゅっと握った手は震えてたけど、笑って言うことが出来た。
言った! 言えたわ!! さあ香織、どう思う!?
どきんどきんと心臓が逸る中、香織はぱああ、っと顔を輝かせ、喜色満面で鳴海に抱き付いてきた。
「うっそ! 市原さんもウイリアムとテリース推し!? 話が分かるじゃない!! 良いよね! あの二人!!」
よし! 香織が食いついてくれた! あとは……、後は……!!
「そっ、そうなの! あの、『国の全てを背負うウイリアムの心の安らぎになっているテリース』、という図が、もうたまらないの……!」
言ったわ!! これで引かれたら私の高校生活終わりだけど、そんなの後悔しない! だって、由佳は受け止めてくれたし……!!
歓喜と怖れとがごちゃ混ぜになった気持ちで香織の反応を窺っていたら、香織は鳴海に抱き付いたまま、奇声を上げた。
「きゃーーーーーーーっ!!! 市原さん、話が分かるじゃない!! 何でもっと早く言ってくれなかったの!? そうなのよ! 『唯一』っていう関係性が良いのよ、たまらないのよ!!」
「そ……っ、そうなの!! ウイリアムはテリースの前でしか、本当の自分をさらけ出せないし、テリースには常に影のように控える立場の自分を光の下に引き出してくれるウイリアムがなくてはならないのよ……!! あの二人は天が定めた魂の番なんだわ……!!」
「市原さん、天才!? そう!! まさに『魂の番』って言葉、ぴったりだわ!!」
香織を中心に集まっていた女子たちが、一斉に鳴海の言葉に賛同してくれた。鳴海は感動と興奮の嵐に包まれていた。引かれなかった……。引かれるどころか、受け入れてもらって、更には鳴海の言葉に賛同までしてくれた……!! どうして今まで言わなかったんだろう!?
その後、香織たち女子は鳴海を囲んだまま、一時間近く教室でオタク話を繰り広げていた。その賑やかな様子を、教室の前を通りかかった梶原が見ていた。
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