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「信永、いつもより二分遅かったな」


 食堂に顔を見せると、ご飯を装う母親と、味噌汁を入れるビルギット、それにエルザが座っていたが、その彼女の隣にもう一人、髪の色が真っ赤になっているある女性がご飯粒を口の端に付けながら俺を見ていた。ロゼリアだ。


「何故だ。何故ここにいる。しかも朝ご飯まで食べている?」

「食べていきなさいと言われたからだ。ちなみにこんなに美味しいものを毎朝食べているのか、貴様は」

「美味しいと言われれば確かに美味しいが、一体どんな生活をしていたんだ?」


 ふん、と鼻を鳴らしただけで、ロゼリアはその質問には答えず、ビルギットが入れた豆腐とワカメの味噌汁を啜る。


「信永さま、姉が今日からこちらでお世話になるそうです」

「そうか。お世話にな……あ? 何だと?」

「世話になることになった。荷物は既に運び込んである」

「母さん、あんたはまた安請け合いしたのか?」

「何よ、信永。困っているんだからお互いに助け合いの精神よ。それにあの人長期出張で帰ってこないっていうんだから、部屋は開いてるし、人が多い方が何かと楽しいでしょう?」


 席に就いた母親は特に問題を認識していないようだ。

 俺は隣に座ったビルギットから味噌汁を受け取り、とりあえず一口啜る。温かいというよりも熱い。舌が火傷しそうだ。しかし胃袋に染み渡るこの熱が、今の俺の頭には必要だった。


「俺が創った王宮という名のホテルはどうしたんだ?」

「潰れた」

「は?」


 実はロゼリアとの約束だった彼女たちの王国をこの世界に再現する、という計画は未だに実行されてはいない。というのは俺の想像力の限界なのか、それとも何か転生時の異世界創造能力に制限でもあるのか不明だが、彼女たちから聞いた話で再現したはずの王宮は、ホテルという形を取ってこの街に存在したのだ。この世界に王国を創ることが難しかったのか、俺の無意識が勝手に整合性とやらを付けたかったのかは分からないが、ホテル・メモワールは三十三階建ての高層商業ビルとなり、十階部分まではテナントとして貸し出され、残りの部分はオフィスと住宅として割り当てられていた。そこではロゼリアが副社長に、シルヴェリアが社長として、経営を任されていた。


「なんであれが一月で潰れる? おかしいだろう?」

「信永に騙されたんだ。ホテルなら消えることはないと言われたが、そんなことはなかった。お替り!」

「御意」


 ビルギットが立ち上がり、すぐさまロゼリアの手から茶碗を受け取る。


「どういう経営をしたって僅か一ヶ月すらもたない、なんてことにはならない。騙されたのはそっちなんじゃないのか?」

「何だと? 私は愚弄してもいい。だが姉さまのことは決して言わせんぞ」

「ああ、そうか。彼女か……」


 彼女。シルヴェリアが本来どういう性格だったのか、というのはエルザたちから聞いた以上のものは分からない。この世界に現れた彼女が果たしてロゼリアたちのよく知る姉だったのかについては、少なくともロゼリア自身は満足しているようなので、深くは考えないようにしているが、ただ問題が一つあり、シルヴェリアという女性にはどうも常識的な経営能力、いや生活能力そのものが欠如していた。その世話をビルギットではなくロゼリアが買って出たのだが、おそらくロゼリア自身、大したことは出来なかったのだろう。内定調査をしていたビルギットの話では、どうやら家事代行サービスに企業コンサル、管理代行業者と、様々なことを他人任せにし、お金を湯水のように使っていたというのだから、いずれ破綻することは目に見えていた。とはいえ、一ヶ月というのはどう考えても妙だ。


「今日学校終わったら確認に行く」

「いや、それはまずい」

「まずいんだな?」

「ご飯は美味しい」


 卵焼きを頬張って笑顔になったロゼリアに、俺は溜息を零すと、茶碗の残りを掻き込んでお茶で流し込み、席を立った。


「朝から頭が痛い」

「あら信永。大丈夫? 風邪?」

「風邪の方がまだマシだ」


 そう言って食堂を後にした。

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