転生8
1
人生で一度くらいなら異世界に転生してみても構わない。
そんなことを思ったのは七月四日、月曜日の朝のことだ。
何故どこかの神様は七日目を休みに当てたのか、俺にはよく理解できない。休みの次の日がこんなにも気分が重く、
気分どころか体も重い。しかし何故こんなにも重いのだろう。
俺はゆっくりと目を開けて、その原因を理解した。
「……おい」
ふわりとした金髪からシャンプーの微かに甘い香りが漂う。全く無防備な髪が俺の鼻先十センチほどのところに固まっていて、僅かに上下している。何故か俺はパジャマの上着のボタンが外れ、薄い下着が露出した形になっていたが、そこは彼女の頭部により隠されていた。いや、隠すというよりも完全に俺の胸板が枕代わりにされていた。そこに頭部があるということは当然、彼女の体は俺にべったりと寄り添い、
「あら、信永さま。おはようございます」
「おはよう、じゃない。何故ここにいる? 君の部屋はこの隣じゃなかったか」
隣の物置きになっていた部屋はすっかり模様替えされ、今ではピンクのカーテンに花柄の壁紙、オレンジ色のカーペットの上にハート型のテーブルが置かれてしまっている。おまけにドアの前には『エルザの間』という、どこで覚えてきたのか丸文字で書かれたプレートが下げられていた。
「どうやら部屋を間違えて寝てしまったようです」
「君は部屋を間違えたというが、今月に入ってから四回目。つまり毎日間違えている。この意味が分かるだろうか」
「それはつまり、わたしの無意識が信永さまを求めていると、こういうことですね?」
俺は諦めたように溜息をつくと「いいから退いてくれ」と冷たく告げた。
「どうしても、ですか?」
「学校に遅刻する訳にはいかない」
「分かりました」
蘇芳エルザは我が儘という訳ではない。だからこういう時に強情を張らず、素直に引き下がる。その点については俺は評価をしていた。
「おい! そ、その格好!」
体を起こした彼女のパジャマはボタンが全て外れ、風でも吹こうものなら二つの膨らみの先端まで見えてしまいそうなほど、開放的だた。
「あら、すみません。昨夜は暑かったですからね」
全く悪びれる様子もなくそう言うと、彼女は上の方のボタンを二つだけ留め、立ち上がった。下にはズボンの類が履かれていない。危うく見上げた俺は彼女のショーツの色まで確認してしまいそうになったが、必死に目を逸らす。
「それでは信永さま、また後で」
「は、早く出てくれ!」
「別に見られても、わたしは一向に構いませんけど」
「いいから!」
ドアが閉じられると、ようやく部屋に平穏が訪れる。
同棲を始めて一ヶ月になるが、最初の頃のようなよそよそしさは既に皆無だ。一緒に暮らすようになってエルザという女性が思いの外、人に甘える傾向が強い、というのが理解できた。それはやはり末っ子気質というべきか、周囲が彼女を甘やかしてきたのだろうということを思わせる。
「信永さま、そろそろお時間ですが」
「ああ、着替えたらすぐ下に行く」
「分かりました。では五分以内に起こし下さい」
足音が遠ざかったのを聞いて、俺は再び溜息をつく。
ビルギットはエルザの部屋の前の廊下に布団を敷き、寝泊まりをしている。それは王宮時代からそうしていたというので、いくら俺が言っても向かいの空き部屋を使おうとはしない。
刺客の脅威は完全に去った、とまでは言わないが、この一月の間に俺が襲われたのは三度だ。その全てが事前にビルギットにより発見され、対処という名の殺害が行われている。刺客を殺すことについて、他の方法があるんじゃないかという提案をしたが、彼女たちは任務の失敗時に自害するよう洗脳されており、逃した場合、以前ビルギットが手術をしなければならなかったような被害が出る可能性が高いと言われてしまい、俺は黙認を決めた。
全てが上手くいく、ということはない。何かしら犠牲は出るのだろう。
生きていくとは、そういうことかも知れない。
俺は制服に袖を通すと、鞄を手に、部屋を出た。
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