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 大通りに走り出ると、ビルの合間から煙が立ち上っているのが見えた。学校がある方角だ。

 先に出たビルギットは小さく「まさか」と声を漏らし、歩道を駆け出す。俺もそれに続くようにして走り出したが、脳裏には学校爆破予告の動画と友人二人の顔が浮かんでいた。


「あんた、何か心当たりがあるのか」


 背中から質問を投げつけたが彼女には答える意思はないらしい。

 それにしても陸上部も真っ青の駆動力だ。俺も自慢できるほど速い訳ではないが、それでも体育系の部活に助っ人を頼まれる程度には能力は備わっている。持久力もある方だ。けれど目の前の赤い布がひらひらとして見え隠れする褐色の背中は、一歩、また一歩とどんどん遠のいていく。

 さっき逃げた際は全然本気で走っていなかったことが分かる。そういう速度の違いだ。

 交差点にはまだ野次馬がたむろしていたが、その中に猛田も未央も顔は見えない。やはり学校に向かったのだろう。

 遠くからは別のサイレンが聞こえてきた。いくつものサイレンが微妙にズレながら重なり、俺は一瞬目眩めまいを覚えた。

 その間にもビルギットの後ろ姿は完全に見失われ、俺は仕方なく、単身、自分の学校を目指す。


 県立辻ヶ崎高校は全校生徒約千人といういわゆるマンモス校だ。知らない顔の方がずっと多く、同学年だけでも十クラスもある。

 いつもならぞろぞろと同じ白シャツにやぼったいグレィのズボンやスカートを履いた“ザ・辻校”な学生たちが列を成して、その道に溢れている。

 けれど今日は違っていた。学校に向かう道なりに生徒以外の野次馬も多く、もうもうと煙を上げるその建物を見ようと人が集まっている。

 俺の後ろからやってきた救急車はその人混みに向かって何度もクラクションを鳴らすが、なかなかその波は引いてくれない。


「ちょっと悪い」


 だから俺もその人の垣を何とかして前に行かないといけないのだが、途中で動かなくなってしまったそれをどうすることもできず、舌打ちをして足を止めるしかなかった。それでもゆるゆると進み、何とか校門が見えるところまでやってきたが、校舎の二階の一部だろうか。完全に吹き飛び、中の鉄骨が剥き出しになっているのが分かった。

 校門前には警官とおそらく先生たちだろう。中に入ろうとする生徒たちに何やら厳しく言っている。消防車が入ろうとしていたが、その脇を一人の生徒が駆けていこうとして、それをもじゃもじゃ頭のジャージの男性が捕まえる。通称『もじゃ』と呼ばれている体育教師の筋谷だ。その隣には担任の高峰玲奈の姿もあった。いつもながらきっちりとまとめた髪に眼鏡、スカートのスーツ姿は遠目にもそれと分かる。彼女は腕組みをしながらあれこれと生徒に指示を与えていた。


 俺は校門を諦め、左手の茂みに飛び込む。他にも数名、同じように別のルートから校舎内に入ろうとしている生徒がいた。

 特別棟の奥に四階建ての教室棟が建てられていたが、その一部がまるまる吹き飛んでいる。

 それを目にした生徒の何人かが「まじかよ」と漏らしているのが聞こえた。

 駐車場に停められた教師たちの車を横目に、俺は疎らに立っている警官に注意しつつ、移動する。

 グラウンド側に出た方がいいかも知れない。少し大回りになるが、西側に大きく迂回する。

 右手に校舎を見ながら歩いていくと、煙を上らせているのは一部分だけなのが分かってくる。意図的にそこに爆弾が仕掛けられたのだ。

 茂みを抜けるとグラウンドに逃げ出た生徒たちが皆一様に崩れた校舎を見上げ、ぽかんと口を開いていた。釣られるようにして、俺もそこに視線を向かわせる。

 二階のちょうど真ん中辺り。二年五組の教室がある部分が酷く損壊していた。もしあのまま登校していたとしたら間違いなく爆発に巻き込まれていただろう。

 俺はグラウンドに散らばっている生徒たちの中に、二人の顔がないか探した。携帯電話は何度か電話やLINEで連絡を取ろうとしたが、繋がらなかったのだ。


「なあ、二年の猛田と桂木未央、見なかったか?」

「どうだったかな。俺たちも必死で」


 見ればその男子生徒もズボンが埃まみれになっている。

 俺は手当たり次第に聞いて回ったが、よく見ると五組の生徒の顔が一つもない。


「二の五の奴らならたぶんレスキューが今運び出してるんじゃ」


 その言葉に二人の顔が浮かび、俺は自然とその場から駆け出していた。

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