3
「ロゼリア、目覚めなさい」
手応えたはあった。それなのに何故また繰り返される。私は、確実に奴を貫いた。だがその次の瞬間にはまた目の前で同じことが繰り返される。
そうか、これが悪夢というものか。
「ロゼリア」
姉さまの声だ。冷たく、それでいて優しい。
「姉さま」
目を開けると、そこは懐かしい王宮の中庭だった。大理石の噴水から放射状に水の花が開いている。そこに天窓から日差しが差し込み、薄っすらと虹が見えた。
私はゆっくりと体を起こす。
周囲には姉であり、現国王であるシルヴェリアしかいない。自分によく似た容姿だが幾分大人びていて目が細い。長い睫毛もその髪の色も同じ金色のはずなのに、何故か姉のものはずっと輝いて見えた。その瞳の色は碧で、二つの宝石にも思えるそれが私を見つめていた。
「ここに戻っている、ということは、遂に宿願を叶えたのですか?」
転生薬を飲む前に、姉から説明された。マイロードの精神の器を破壊した時、この世界は再構築され、消滅の危機を免れるだろうと。この庭園は私が出発する半年前に、虚無に呑まれてしまった。だからここにいるということは、世界が再生されたということだろう。
「ええ」
姉の声が私に安堵を与える。
「姉さま!」
ずっと我慢していた。強くいないといけないと気を張り続け、先頭に立ち、この世界を守ろうとした。けれど今それが、脆くも折れてしまった。
涙を流しながら、私は姉の胸元に飛び込む。ささやかな膨らみは姉の想像も及ばない心労の証明だ。
「ロゼリア、よくがんばりましたね」
私の背中に回された腕も細い。それでもずっと求めていたものだった。
「もうこれで、心配せずとも暮らしていけるのですね」
「そうよ。だから安心してロゼリア。あなたはもう、休んでもいいの」
「姉さまと一緒にお茶を楽しんだり、花を愛でたり、そういう戦争とは関係ないことをしても許される?」
「ええ。大丈夫よ」
「姉さまにいっぱい甘えても?」
「本当のあなたは甘えん坊なのね」
「そうですよぉ。知ってる癖に」
私と姉シルヴェリアは八つ、歳が離れている。通常、王室の娘たちは乳母により育てられるが、小さい頃の私の世話をしてくれたのは姉のシルヴェリアだった。だから物心ついた時には私はいつも姉の後について歩くようになった。
それがこの世界の消滅が騒がれ始めた頃から、すっかり変わってしまった。その少し前に前国王が亡くなり、姉が王位を継いだ。当然、今までのように姉と接することはできなくなり、私は一人の時間が増えていった。
この世界が滅びると知ってからの姉の苦労は、私には分からないものだ。けれど日を追う毎にいつも綺麗に整えていた髪がほつれ、目尻に皺が増え、いつも背筋をぴんと張って歩いていたのが肩の辺りからやや曲がり、明らかに疲れが重く伸し掛かっているのが分かった。
転生し、マイロードと呼ばれる人間を殺しまくれば世界を救うことができる。そう教わり、だから私は歓喜した。こんな私でも姉を助けられるのだ、と。
一人の時間を武芸に費やし、どんな敵に襲われても姉を守ると誓った私が本当に姉の役に立つことができると思ったのだ。
だが、私よりも先に転生してマイロードの許に向かった奴がいた。我が妹エルザだった。彼女は反王政派の者たちに取り込まれ、マイロード殺害計画を邪魔する為に先行して転生した。妹は元々マイロードへの憧れを抱いていたし、この世界ではない別の世界、マイロードが新しく創ったと云われている世界に行ってみたいと常々言っていた。だから自ら死ぬことに抵抗がなかったのだろう。寧ろ私たちを見捨てて自分だけ逃れる為に転生したのではないのだろうか。いや、そうに違いない。
事実、エルザはマイロードと実に仲良さそうにしていた。
この国に、いや、この世界に男というものは存在しない。かつては男女、それぞれ半数ずついたと云われているが、私が生まれた頃には男とは空想上の生き物、あるいは神話の世界の創造物とされていた。
しかしマイロードの世界に転生してみて分かったのは、男も女も沢山いて、そこで共に暮らしているという事実だった。
滅びる心配のない世界で楽しそうに笑って暮らせる。その幸福の意味も価値も分からない虫屑だらけの世界を見て、私はこちらこそ滅びれば良いのだと思った。
「あちらの世界は本当に穢らわしく、乱れておりました。姉さまにはとても見せられないもので、あんな世界消滅してしまって本当に良かった。ところで姉さま。妹は、エルザは世界と共に消えてしまったのですか?」
けれどその質問に姉は笑みを見せただけで何も言わない。
「マイロードの力が手に入ったなら、この世界で少しくらい生きさせてあげても構わないと思っていたのですけど」
と、誰だろう。姉の背後に立つ気配を感じた。
私は慌てて立ち上がり、その人物を見る。
「マイロード!? 何故貴様が」
そこに立っていたのは私が殺したはずの男、凰寺信永だった。
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