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 俺の姿を見て、ロゼリアは酷く驚いていた。常に相手に対して精神的な優位を保っているように見えた彼女も流石にこれは想定できなかったらしい。


「君は俺を殺したはず、と思っているな」

「あ、ああ。私は確かに貴様を……。でなければ今この世界が存在しているはずがない! 何故なら私が転生する直前、姉さま諸共王宮は虚無に呑み込まれてしまったからだ」

「やはりエルザの言っていた通りだった訳か」

「エルザ……」


 俺の右隣に姿を見せた栗色の瞳の彼女は、悲しそうな目を自分の姉へと向ける。


「説明して」

「言われなくてもそのつもりだ。ただ一つだけその前に……ビルギット」


 そう声を掛けた先にいたのは、先程ロゼリアが姉シルヴェリアだと思い込んでいた女性だ。


「紛い物……エルザ!」

「ロゼリア第二王女さま、失礼いたします」


 ビルギットはロゼリアの両腕を後ろに回し、その手首に拘束具を掛けた。


「今ここで殺されては困るのでね、話が終わるまではそのまま大人しくしてもらおうか」

「話も何も、私は負けたのだろう? だったらさっさと殺せばいい。転生の力はもう残されてはいない」

「そう早まるな。まずは話を聞いてからにするんだな」


 好きにしろ、と小さく舌打ちをした彼女に、俺はエルザが持ってきた紅茶を勧めた。


「敵からの施しは受けん」

「敵じゃない、と言っても分からないか。まあ冷めても多少不味くなる程度だ。いいだろう。端的に言おう。ここは俺が転生により創った世界だ。君たちの王宮の一部を再現している、と思っているが、勘違いしたということはどうやら上手くいったようだな」


 エルザやビルギットから聞いた話で想像を膨らませ、異世界創造の力によりこの場所を再現した。


「まずはここを再現し、君の精神の盾を外す必要があった。本当は君の姉、シルヴェリアを助けたかったんだな」

「争い事は好まないと言いながらも、卑怯な手で他人の本心を覗き見するのはどうなんだ? それを野蛮と呼ぶのではないか?」

「ああ。野蛮なことをしてしまったと思っているよ。ただ、そうしないと話の席に就いてもらえないと判断した」


 どの口が、と低く小さな声を漏らしたが、俺は気にせず続ける。


「俺は自分がマイロードと言われてもよく分からなかったし、そもそもそんな世界を創る力を持つなんて思わなかった。今回はそれを試す意味もあったが、どうやら小さなものなら創ることができるようだ」

「だがこれは紛い物だ。私たちの世界、いや、姉さまはもうどこにもいない」

「そう。世界そのものよりも肝心なのは人だ。俺だって君たちが犠牲になることで自分たちが暮らす世界が助かることを良しとは思っていない」

「ならさっさと私たちの世界を、いや、せめて王宮だけでも」

「だからだ。俺の提案を聞いてくれ。まず君たちの世界は諦めてもらいたい」

「何だと! やはりそうなんだろう? 自分たちだけが可愛いのだろう? 結局同じだ! 人は皆、他人の話を可哀想と思いつつもいざ自分の身に火の粉が降りかかると自分だけそこから逃げ出すんだ!」


 ビルギットがしっかりと後ろで拘束具を握っていたが、その手を逃れ、ロゼリアは俺の前に出た。彼女の顔が直前まで迫り、その鬼にも思える形相を突きつける。けれどそれ以上は何もしなかった。


「諦めるのは遥か昔、俺のご先祖様とやらが創ったと云われる二つの異世界についてだ。おそらく今の俺に異世界を二つも維持する力はない。そもそもどれくらいのエネルギーが必要なのかすら分からない。だから考えたんだ。何も世界を二つも創る必要はないって」


 ロゼリアは俺の話の意味が分からないのか、まだ睨みつけたままだ。


「世界は一つでいい。同じ世界に君たちの国を作ればいい。どうだ? これならトロッコ問題にはならない」

「そ、そんなことできる訳ないだろう?」

「何故?」

「だって……そんな……既にこちらの世界にはこちらの世界の色々があって」

「俺はそんなもの知らんよ。ちなみにな、こっちの世界では国と呼ばれるものは認知されているだけで二百以上ある。国際的に認められていない国もあるし、一つの国が分裂して二つや三つになることもある。だから一つくらい国が増えたところで誰も不思議に思ったりはしないし、何か不都合があるようなこともない」

「何だよ、それは……それじゃあ私たちは一体何故貴様を殺そうと」

「それが前提条件の思い込みというやつだ」

「前提、条件……」


 もうロゼリアに戦意も敵意も感じられなかった。彼女は俺から離れ、弛緩したようにだらりと地面に腰を下ろした。

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