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「姉さま!」
俺の前に立つ蘇芳エルザは後ろから入ってきたもう一人の彼女を「姉」と呼んだ。
見た目は瓜二つというか、全く同じ人間が二人いるとしか思えない。ただよく観察すれば目の色だけが違っていた。蘇芳エルザは栗色をしているが、姉と呼ばれた方は赤い。その赤い瞳に、俺は見覚えがあった。
「エルザ、あなたはいつも私を失望させますね。メモワール家の第二王女であるあなたが何故転生までして凰寺信永を守ろうとするのか。私には理解できません。そこの信永の所為で私たちの世界は滅びようとしているのですよ?」
「姉さま。何をしにこちらにいらしたんですか? 何故転生してまで信永さまの前に現れたんですか?」
「あなたの行いを阻止する為です。あなたのやろうとしていることはメモワール家の、いえ、私たちの世界を滅ぼす行為そのものだからです。いくら妹の行いといえど看過できません」
頭が割れるように痛んでいた。
彼女の姉が現れてからそれは酷くなったようで、まるで両方の耳から脳の中を抉られているかのように、二人の声が反響して俺を苦しめてくる。
「マイロードを犠牲にして自分たちの世界だけ助かろうなどと、その考えは間違っています。わたしたちの世界はなるべくして滅びゆくのです。転生の力を使いすぎた。自分たちが思うように世界を操るなど、自分たちが神になろうなど、所詮、人であるわたしたちには無理なことだったのです。それなのにまだあなたは神になろうとなさるのですか?」
「エルザ。人は強欲なのです。そして何より臆病なのです。自分たちの滅びを受け入れるなど、そんなことは到底承服しかねます」
「それならわたしたちの世界の為にマイロードを犠牲にしても良いと、そういうお考えなのですね? その意味はご理解されていますよね? わたしたち以外の全ての世界を滅ぼすことでもあるのですよ?」
「それがどうしたというの? エルザ、あなたも理解できるでしょうが、私たちは自分の世界しか認識することができません。いくら他に世界が存在する、多くの異世界があると言われたところで、認識できないものは無いも同義。それが消えたところで心が痛みますか? 一日くらいは泣いてあげましょう。けれど、自分たちの一族が滅ぶよりはよほどマシではありませんか。何か間違っていますか?」
「自分たちだけ良ければいい。そういう考えが多くの他の生物を殺してきたのを、お忘れてですか? 人間は原罪を背負う生き物です。他の生き物を犠牲にしなければ生きていけない生き物です。だからといって、世界までも犠牲にしていいだなどという傲慢さがまかり通るとお思いですか? そんなことをしたから、わたしたちの世界は滅びの道を辿っているのではありませんか?」
「滅びそうになったら、またマイロードを供物にすればいい。それだけだ。そんな簡単なことも分からないのかい?」
だん、と思い切り俺は机を殴りつけた。
「黙って聞いていたが、蘇芳さんのお姉さん。あんたが言うのはエゴイズムにまみれた暴論だ」
「これはこれはマイロード様。まだ正気を保っておいでですか」
彼女は口元を大きく歪ませ、笑っている。
「私たちメモワール家の一族には記憶を歪める力が備わっています。妹がこの学校に転校生として受け入れられたのもあなた方の記憶に細工をしたからで、もっと言えばあなたと同棲しているのも、あなたのご友人たちがその状況を受け入れていることも、全て妹の仕業なのです」
「姉さま、何を」
「もう告白してもいいでしょう? そうしないとマイロード様をお守りできなかったから、という理由をつけて、大好きなマイロード様の傍にいたかったのだと」
「姉さま!」
エルザの姉は笑っていた。声を上げ、慌てる妹を嘲っている。
「じゃあ、この頭痛は」
「ええ。勿論少しずつ私があなたの記憶を歪めている影響ですよ、マイロード様」
転生する度に夢と現実がごちゃまぜになっている。それは俺の現実の認識が不安定になっているのだと思っていた。けれど、遅効性の毒を盛るように、少しずつ、死ぬ前の世界の記憶を混ぜることで俺の意識を侵食し、不審と混乱を起こそうとしていたのだ。
「俺が蘇芳さんを疑うようになったのも、全て君の姉の所為か?」
「さあて、どうでしょう。もう何が真実なのか分からなくなっているのではなくて?」
「蘇芳さん。俺は、何を信じればいい? 君を信じてもいいのか?」
「信永さま。信永さまはわたしがお守りいたします!」
そう言うが早いか、彼女はその手に光の剣を取り出し、自分の姉へと向かっていく。
「蘇芳さん!」
「ええい、ちまよったか我が妹! 姉に刃を向けるなど!」
姉の方も同じように光の剣を取り出したが、それは炎かと思うほど真っ赤だった。
二人の剣が交錯し、火花にも似た光の粒子が飛び散る。
「姉さま。マイロードをこれ以上殺させはしません」
「エルザ。もういいんだよ。あの男は狂い始めた。あと何度か転生すれば廃人となるだろう。そうすれば、神の力を手にすることができる。お前だって精神が砕かれたマイロードを自由にできるのだよ? その方がずっと良いだろう?」
「砕かせません。わたしが、この命に代えてもお守りします!」
「そう簡単にいくかな?」
二つの剣は拮抗しているように俺の目からは見えた。けれど姉の方の笑みが顔から失われた途端、急にエルザ側が劣勢になる。剣を振る速度、回数ともに上回り、あっという間にエルザは壁を背にしてしまった。
俺はビルギットを見た。何をしているんだ、彼女は。
「え……」
廊下側を見張っていたはずのビルギットは、その場に倒れていた。背中を切りつけられ、床に大量の血を流している。
いつの間にやられたのだろう。
そう思ったのとほぼ同時だった。
「自分は襲われないと思いましたかな、マイロード様」
俺の頭上には炎のように光が燃える剣が迫っていた。
「さあて、次の世界では何を奪われることでしょう」
そう言って蘇芳エルザの姉が笑ったのを目にしたのが、この世界の俺の最期の記憶だった。
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