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一時間目の数学の授業でも彼女はその非凡さを俺たちに示して見せた。
教師の
しかしそれが陰険さに火をつけたようで、その後も生田目は事ある毎に「蘇芳」と彼女の名を呼び、その度に彼女の優秀さを生徒たちに知らしめ、彼は苦々しく「正解だ」と言わされる羽目になった。
だから授業開けの休み時間には「すごいね、蘇芳さん!」と彼女の周囲に女子生徒が集まろうとしたのだが、残念なことに次が体育の授業という最悪なスケジュールで、クラスの半数の女子はさっさと更衣室代わりに使う教材準備室へと体操着袋を手に出ていってしまう。
ただそれを面倒がる数名の女子はスカートのままでハーフパンツを履き、一人は男子が赤面するのを楽しむかのようにボタンを開いたシャツをぱたぱたとさせてブラを見せつけながら「今日も暑いねー」と笑みを浮かべて男子生徒を観察してから、器用に体操着の上着を首まで入れ、さっさと腕を通してしまう。
そこまでしなくとも、教室の裏側に集まって互いを隠しつつ着替える女子はいた。
蘇芳エルザはどうするのかと見ていると、彼女は席を立ち、堂々とブラを見せていた
「あの」
「蘇芳さんだっけ。あんたも結構いいもの持ってるけど、着替え、どうすんの?」
俺は佐久原萌香のバストサイズを知らない。同じクラスの男子はEだFだ、いやGだと言ってはその大きな胸を鼻の下を伸ばして拝んでいるが、蘇芳エルザも彼女に負けず劣らず、立派な膨らみを持っていた。
と、シャツのボタンがギリギリのところで踏み止まっているそれを見たからか、俺の背中に柔らかな感触が
――蘇る?
いや、単なる想像だろう。思春期の猛々しい欲望を日々持て余している高校生男子たるもの、そういった実感をもった妄想は日常茶飯事だ。
俺は苦笑し、着替えようとボタンを外す。
「体育、というものをよく知りません。教えていただけますか、佐久原さん」
「スポーツとか、体を動かすことが授業に入れられてるのよ。それで汗をかくからみんな着替える訳。蘇芳さん、もしかして着替え持ってくるように言われてなかった?」
「ええ」
「へえ。じゃあ今日は見学かな。あ、もしよければ、あたしの体操着貸してあげようか?」
その言葉に、男子生徒のおよそ八割が耳を立て、うち五割は視線を教室の入口脇の席に向けた。
「それではお願いしても宜しいでしょうか」
「あ、うん。いいよ」
申し出たものの承諾されるとは思ってもみなかったのだろう。佐久原はその一重の目を大きくしたが、すぐに口元をにやりとさせて頷くと、スポーツバッグから綺麗に畳まれた白い上着と赤色のハーフパンツを取り出した。
サイズが同じなら蘇芳エルザには僅かに大きいはずだ。
彼女は何を思ったか、その場でスカートを下ろそうと両手を掛ける。
「ちょ、ちょっと」
「どうかされましたか?」
「いや、いいの?」
何が? と小首を傾げる蘇芳にはスカートを下ろすことに躊躇がないようだ。
――あ。
教室にいた全員の視線を集めるとほぼ同時に、その手はグレィの地味なスカートを一気に下げた。
誰もがそこに彼女の下着が現れるのを期待した次の瞬間、突風が教室を抜けた。
目を開けていることができる者はいなかっただろう。
俺が目を開けた時には教室全体を落胆とも安堵とも取れる空気が支配していた。見れば既に蘇芳エルザの下半身は真新しい赤いハーフパンツが装着され、更に上も白の体操着に変わってしまっていた。そればかりではなく、蘇芳の両手の上には綺麗に折り畳まれた彼女の制服が、ちょこんと載せられていたのだ。
早業だと思った生徒も多いだろう。しかし俺は明らかに第三者による介入の跡だとしか考えられなかった。そして俺が知る彼女にそういったことをしてやれる第三者といえば、あの褐色の赤茶げた髪をした彼女――ビルギットだ。
教室内だけでなく、廊下にも出てその姿を探したが、どこにも彼女らしき影はない。
「どうしたんだよ信永」
「いや。ちょっとな」
シャツを脱ぎ、体操服に着替えながら、夢で見た人間を現実世界でも探してしまっている自分に気づき、苦笑を浮かべる。確かに幾つかの夢は非常に強烈な実体験感があったとはいえ、それはあくまで夢だ。時折妙な白昼夢のようなものを見ることもあったが、大抵は疲れているという理由による。
そうだ。きっと俺は疲れているのだ。
廊下に仲良く出ていった蘇芳エルザと佐久原萌香を見やり、気にしすぎだと自分に言い聞かせた。
「しかし蘇芳さんもでっかいよなあ」
着替え終えた猛田が何を思い出しているのかについては考えないが、男子生徒の多くが彼女の容姿だけでなくそのスタイルの良さという意味でも魅了されているのはよく分かった。
彼女が教室を離れた後の、居残りの男子生徒たちの何とも言えないだらりとした、それでいてピンク掛かった雰囲気は、今後彼女が彼らの学生生活の潤滑油となる存在であることを示していたからだ。
「あれ。なあ、猛田」
「ん?」
グラウンドに向かおうとした猛田を呼び止める。
「お前、何かぶつけたのか?」
「なんで?」
「ほら、ここ」
窓ガラスが、割れていた。それも一部とか、ひびが入っているとか、そういうレベルではなく、辛うじて破片が窓枠に張り付いているという状態で、床にはほとんどガラスが見えないから、おそらくは外側に割れたのだろうが、こんな割れ方をしていたら流石に誰だって気づく。そういう割れ方なのだ。
「お、俺じゃないぞ!
「それは分かってるが、ただな」
自然とこういう割れ方はしない。
もし彼女が着替えた時に起こった突風が原因なら他の窓も同じように割れているはずだ。
「どうする? 先生に言うか?」
「そのままにしておく訳にもいかんだろう」
「だな」
仕方なく、俺と猛田は教室を出て、グラウンドではなく、先に職員室に立ち寄ることにした。
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