11
未央に入室を許されたのは三十分も後のことだった。
「なげーんだよ、ったく」
猛田も俺も呆れ顔で部屋に入ったが、その表情は蘇芳エルザを見て一変する。
「何よ、二人とも」
「いや、その、なんて言うか」
未央の持っている服を着せているはずなのに、そこにはモデルも真っ青な造形美が存在していた。
肩出しの白地に花柄のワンピースはミドル丈なのだろうが、膝上二十センチは露出している。胸元が大きく膨れ、その上にアゲハチョウのような大きなリボンが乗っている。金色の髪は耳の上に編み込みが作られ、一本の太めの房になって背中側に垂れていた。前髪が上がり、印象が随分と明るい。それに化粧も僅かだがしてあるようだ。目はよりはっきりとし、頬に薄っすらと紅が差していた。
おそらく未央が着ていたらもっと幼い印象があるだろう。服の中の人物が変わるだけでこうも雰囲気が違うものかと驚かされる。
「蘇芳さん何着ても似合うから、色々と出して迷っちゃった」
ベッドの上には赤からオレンジ、黄色、緑、青、紫に黒と、未央コレクションが広げられていた。さながら部屋を追い出されていた時間は二人きりのファッションショーが繰り広げられていたのだろう。
「それじゃあ紅茶淹れてくるね、ティーバッグだけど」
呆然と見惚れている俺たち二人を睨みつけ、未央は一階に下りていく。
「こういうの、馬子にも衣装っていうんだっけ」
「それ、今度未央に言ってやれ」
言葉の意味を理解していない猛田を放っておいて、俺はずっと気になっていたことを蘇芳エルザに尋ねてみる。
「蘇芳さん。ところで俺の名前、誰から聞いたんだ?」
彼女は質問の意図が分からないのか、小首を傾げただけだ。ただその仕草と表情が何とも愛らしい。
「いや。最初に話しかけてきた時、というか、デートに誘った時さ、フルネームで俺のことを呼んだだろう?」
「わたし、知っていましたから。信永さまのことは、よく知っています」
「だから、それを誰に教わったのか、聞かせてもらいたいんだ。俺の方は蘇芳さんが妙なことを吹き込まれていないか、少し気になっているんでね」
猛田はくすくすと笑っているが、本当に心配しているのは学内で揶揄されていたりする事情の方ではない。
「そうですね。一方的にわたしだけ信永さまのことを知っているというのは不公平かも知れません。ですから、わたしのことをまず、知って下さいませんか?」
「いやだからさ、俺の何を知ってて、誰から聞いたのかを教えてもらえればいいだけなんだ。同級生の誰から聞いたとかさ」
「凰寺さまは運命というものを信じていらっしゃいますか?」
いきなり運命と来た。
「宗教の勧誘ならやめてくれよ。そもそも運命という言葉を俺はあまり好きじゃない。だって運命というのはいつも何かしら都合が良かったり悪かったりする時に、それに対して自分自身の力は何も使っていない、自分は関与していないということの表明で、本来は自分の人生ってのは自分で責任を取るべきなのに、その一部に対しての責任を放棄していることだと思うんだ」
「まーた小難しいこと言い始めたよ」
「わたしは凰寺さまの仰っしゃりたいこと、よく分かります。それでも確かに運命というものがあると、信じられますか?」
彼女はどちらなのだろう。信じているのだろうか。俺が「信じている」と答えれば、自分と俺の関係はその“運命”だとでも言うのだろうか。
「あると信じたいところだが、残念ながらそういうシチュエーションに遭遇したことはないな」
「そうですか。でも予め何か決められたものがあるとして、あなたはそれに従う人ではないことを、わたしはよく知っています。今はそれをお伝えするだけで充分かと思いますが」
真っ直ぐに俺を栗色の瞳が見つめていた。おそらく誰もが直視し続けることは叶わず、その輝かしさに自分から目線を逸らしてしまうだろう。彼女という人の強さなのか、それこそ持って生まれた何かなのか。カリスマ性なのか。有無を言わせないだけの力が、その瞳には宿っていた。
「分かったよ。ただ、気になったことはこれからも遠慮なく訊かせてもらう。そしてできれば毎回ちゃんと答えてくれるとありがたい」
「わかりました。それが凰寺さまのお望みならば」
――イエス、マイロード。
彼女のピンクの唇がそう動いたように見えた。
夢にも出てきたその“マイロード”という単語を、彼女は敢えて声に出さないようにしているように伺える。マイロードとは何なんだ。
「お待たせ」
「何だよ、結局みんなの分ちゃんと淹れてきたのか」
「わたしは善意の人ですからね。哀れな男子たちにもちゃんとお恵みを与えるのですよ。ほらほら、座った」
部屋に戻ってきた未央の持つお盆には、ティーカップが四つと、ポットが載せられていた。
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