10
「いっちばん乗り!」
俺の家とは異なる、ごくごく一般的な傾斜の階段を上り、廊下の二番目のドアが未央の部屋だった。先に入った猛田は綺麗に片付いていたからか、顔を顰めて未央を見てから、俺に「普段はもっと散らかってるんだろ? なあ?」と尋ねた。
「汚部屋のオンナにしたいみたいだけど、わたしはちゃーんと片付けるタイプですからね。ふん」
未央が腰に手をやり胸を張るくらいには、確かに部屋は綺麗に掃除されていた。
前回俺が入室したのは、どうしても読ませたい漫画があるとか彼女が言ってきた時だったか。一月くらい前の話だ。その時は今この瞬間もクローゼットに突っ込まれているであろうダンボール箱の中身が二つか三つ分、レモンイエローのカーペットの上に散らかっていたが、本棚に第一巻から順番に並んでいることからも分かるように、割と几帳面なところがある。ベッドサイドに小型の本棚が一つ増え、合計三つの本棚が部屋の壁となっているが、勉強机にもしている折り畳み式のテーブルの上も綺麗に片付けられていて、すっきりとしている。
「これなんだけど」
未央はベッドの上に並べた制服を、蘇芳エルザに見せる。校章が胸に入っている以外はどこでも売られてそうな白シャツと、グレィのスカートだけだ。冬服には男女それぞれにブルーのネクタイとリボンが付いているが、夏服にはそれがない。
「桂木さんは宜しいのですか?」
「夏服は予備もう一着あるから困ってないの。それより初日から災難だったね」
汚れただけなら洗えばいいが、スカートは裾の方から何箇所か裂けている。うまく直したとしても二センチほど短くなりそうだし、フレアの並びがおかしくなるだろう。
「みなさん無事でしたし、この程度で済めば良かったのではないでしょうか」
蘇芳さんは特に気にしていないようだが、俺は彼女がただ転んだだけとは思っていなかった。
「どうした、信永。じろじろと蘇芳ちゃんのこと見て。あ、もしや」
「わたしのことを、気にされているようですね」
むむー、と未央が眉間に皺を寄せ、何か言いたそうにしているが俺は猛田の妄想を否定し、少し気になることがあって、と答えた。
「何よぉ、気になることって」
「別にこの部屋が汚いとか、そういうことは考えてないから安心しろ」
「そういう言葉が出てくるのって、頭のどこかでは考えたことあるってことじゃないの? そういう信永には何も出してやんないんだからね。あ、そうだ。蘇芳さんは紅茶でいい? それともコーヒー?」
「俺はココアで頼むわ」
「猛田にも出さん!」
「紅茶があるのですか?」
どうやら紅茶は知っているようだ。
「ええ、ティーバッグだけど」
「ティー、バッグ?」
「紅茶の茶葉が紙の袋に入れてあって、それにお湯を注ぐだけで紅茶ができるの。蘇芳さんの国にはなかったの?」
「便利なものがあるのですね。わたしのところでは紅茶は貴重品でした。そもそも栽培するのが難しく、あまり量が取れません」
聞いたことがある。紅茶に限らず、お茶の栽培は北緯四十五度から南緯三十五度までの間の“ティーベルト”と呼ばれる地域で、かつ温暖で、とはいっても暑すぎず、何より綺麗な水があるところでないと育たない。
「そっか。じゃあ今度一緒にちゃんとした紅茶が飲める店に行こっか」
「それは大変うれしいです。紅茶、好きなもので」
「好きなものは食べたり飲んだりできる時にちゃんと摂取しとかないとね。という訳で、信永くんは店の手配宜しくなのだ」
「未央。なぜ俺が」
「だって蘇芳さんの頼みなんだよ? わたしがやっちゃったら何か違くない?」
「誰が選んだところで紅茶は紅茶だろ?」
「そういうとこ。女の子が分かってないなあ、相変わらず。誰が選んだかってことの方が大切なのよ?」
そういうもんか? と俺と同じ顔をしているのは猛田だ。
「ほら、男子どもは全然分かってない。そういう鈍感マンどもは外に出てて」
「何だよ、急に」
「蘇芳さん、着替えるんだから」
そういえば制服を貸すのに加えて着替えた方がいいと未央が言い出したことを思い出す。だが果たして彼女の持っている服でサイズが合うのだろうか。そんな一抹の不安があったが、俺は押し出されるようにして猛田と共に部屋を出た。
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