9

「なーんで猛田まで一緒なのよぉ」


 不満そうな未央は「ちょっと待っててね」と彼女の家の玄関前で笑顔を見せてから鍵を開け、先に中に入る。


「ここが桂木さんのお家」

「そんで隣がこいつんちな」

「余計な情報は出さなくてもいいんだぞ、猛田」

「何を言うか。蘇芳ちゃんにとっては信永の家の場所は最重要情報じゃないか」


 俺たちは汚れてしまっている蘇芳エルザの制服をクリーニングに出すべく、代わりの服を求めて未央の家へとやってきていた。本当は新しく書い直した方が良いくらいなのだが、未央が自分の古い方があるからしばらくそれを貸してあげると言い出したのだ。ただ未央と蘇芳さんでは身長差もあるし(未央は百五十と少しだ)、それに一部が窮屈かも知れないなと思っていた。


「ずっとお隣なんですか?」


 気づくとすぐ右隣に蘇芳エルザが立っていた。両方の家を見上げ、尋ねてくる。


「途中であいつの家族が引っ越してきたんだ。以前は別の家族が暮らしていたらしいけど、俺は覚えてない」

「いくつくらいの頃ですか?」

「何歳くらいだったかな……確か小学校一年になってたか、なってないか、くらいだったか」

「小学校?」

「六歳か七歳ぐらいってこと」


 彼女の国には学校というものがない訳ではないのだろうが、日本のような六年、三年、三年という制度にはなっていないのだろう。日本も戦前は六年だけ尋常小学校に通い、その先は働くか、二年制の高等小学校に行くか、進学するなら五年制の中等教育学校に行くというものだったらしいし、米国では確か通しで十二年という学生の就学期間となっている。国によって、あるいはその時代によって違うものだから、小学校という言葉が通じないこともあるだろう。


「じゃあ、もう腐れ縁歴十年になるのか。夫婦みたいなもんだな、そりゃ」

「猛田。それ未央に言うと怒るからな」

「なんでさ。仲いいのは良いことじゃん」

「今でこそあんなノーテンキみたいな奴だけど、ここに来た頃はほんと根暗でじめっとして酷かったんだからさ」

「前にも聞いたけど、絶対嘘だろ」

「人に歴史あり、ってやつだよ。俺だって……」


 猛田と話しているとついつい喋り過ぎてしまう。

 蘇芳エルザは楽しそうに俺と猛田を見ていたが、基本的に普段はどちらかといえば無口を貫いている身としては、そういう姿を今日出会ったばかりの女性に見られるのは何とも恥ずかしい思いだ。


「できたよー」


 ドアを開けながら未央が顔を出す。彼女は既に制服からデニムと白のブラウスに着替えていて、おまけに眼鏡姿だ。それを見て猛田がびっくりしている。


「桂木って眼鏡っこだったのか」

「ちょっと頭良さそうに見える?」

「残念。見えないわ」

「こらー! もううちに入れてやらん」


 そんな二人のやり取りに蘇芳エルザが口を押さえながら笑い声を上げた。


「お二人とも、楽しい方ですね」

「楽しいのはこいつの頭の中だよ、なあ、信永」

「猛田の口、糸と針で縫い付けてやってよ、信永」

「確かに楽しい奴らだよ、こいつらは」


 俺も大口を開けて笑う。

 未央と猛田の存在は、ひょっとしたら暗黒時代だったかも知れない俺の高校生活を明るく照らしてくれる貴重な友人だった。だからこそ、こいつらだけは傷つけたくない。いつもそう思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る