14

だましたな! 貴様!」


 俺の顔を見るなり、ビルギットは手にしていたナイフを向ける。

 真っ直ぐに突いてきたそれを両手で押しやり、何とか躱すと、彼女の背後に回り、ナイフを手にした腕を思い切り上へと引っ張り上げる。彼女との身長差もあり、力が入らなくなった手をひねり上げると、からんと音を立ててナイフが床に落ちた。


「くそ! またお前に!」

「ここで何をしている?」

「貴様には話さん!」

「話したくないのはいいけどさ、こういう面倒掛けるのは夢の中だけにしてくれよ」


 俺は彼女の右腕をぐるりと背中側に回して固め、そのまま部屋の中へと押し込んだ。

 そこは俺の部屋のはずだった。


「おい、何をした?」

「見て分からないのか? ここは今日から姫様の居室となった」


 部屋の半分を大きなベッドが占めていた。しかもピンクの天蓋てんがい付きだ。天井まで届いていて、何とも違和感が凄い。本棚はどこかに撤去され、しかも押し入れがあった場所は作り付けのクローゼットにリフォームされてしまっている。愛らしいハート側のテーブルの上にティーセットが二人分置かれ、紅茶が湯気を上げていた。


「どういうことだ?」

「聞いてないのか? 今日から姫様はここで暮らされる」

「さっき聞いたが、許可はしてない。というか、少なくともここは俺の部屋であって、その姫様という奴の部屋ではない」


 そういえば夢の中でビルギットは彼女のことを“姫様”と呼んでいたことを思い出す。


「その姫様というのは、あいつ……蘇芳エルザのことか?」

「呼び捨てにするな! そもそもだな、貴様からは姫様への敬意というものが全く感じられない! だから私は反対したんだ。こんな奴と共に暮らすなど……」


 腕を決められていながらビルギットは無理やり俺の方を振り向き、睨みつけた。そこまでして憎悪を向けられる謂れはないが、どうも俺の知らないところで色々と決まっているようだ。


「奇遇だな。俺も彼女と一緒に暮らすという意見には反対だ。君からも言い聞かせてくれないか、ビルギット」

「名前を……私の名前をどこで知った!」

「いや、自己紹介してもらったよ」


 夢の中で。どうやら本当にその名前だったらしい。


「やはり貴様は全てを見通す力を持ちし者。マイロードという訳か」


 また出た。マイロードだ。いい加減にそのマイロードが何なのか教えてもらいたいが、俺はその質問をぐっと堪え、ビルギットの背中を押しやって窓際まで移動する。


「何をするつもりだ? 貴様まさか、私の体が目的か?」

「そういうの、勘弁な。とにかく窓から顔を出してくれ」

「だから何をさせるつもりだ?」

「いいから」


 逃げるつもりなのか、体を左右に振るビルギットに言い聞かせ、何とか彼女の顔を窓の外へと出す。


「おーい未央! こっち回ってくれ」

「えー? なんでー?」

「いいから。蘇芳さんたちも連れて」

「うん、わかったー」


 玄関脇の植木鉢を避けて庭に入り、少し歩くと俺の部屋の窓が見える。


「ちょっと信永! その女、何者?」


 未央が驚くのも当然だ。見慣れない、というだけでなく、薄く赤い布をリボン宜しく体に巻き付けたようなビルギットの衣装は、何とも露出が多い。その彼女の背後に俺が立っているという図は、未央たちからすればちょっといかがわしさも垣間見えるかも知れない。


「あらー、信永ちゃん。いつの間に彼女なんて作ったんだ?」


 呑気なことを言っている猛田の隣で、蘇芳エルザは何故か溜息をついていた。


「俺の彼女じゃない。この女性はビルギット。蘇芳さんのお友だちだ」

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