3
「信永……くん? これはどういうことかしら」
玄関を開けた未央が、俺の後ろに並ぶエルザ、ビルギット、そしてロゼリアの三人を見て、表情を歪めていた。
「さあ。今日から一人、転校生が入ることになるそうだ」
「まさかまた同居人が増えたとか、言い出すんじゃないでしょうね?」
「母親が勝手に決めたんだ。俺の責任じゃない」
「そういうの、責任転嫁って言わない?」
「言わない」
「嘘。絶対言う」
歩き出した俺と未央の後ろで、美女と呼んで差し支えのない三人の女性が並んで歩いている様が、注目を集めないはずがない。しかも一人はにこにこと笑顔で、一人は険しい表情で、一人は不機嫌さを隠そうともしない。一体三人に何があったのかと思うが、それぞれこれがデフォルトの表情なのだ。
「ところでさ、未央」
「何?」
「一つ、疑問に思っていたことがあったんだが、訊いてもいいか」
「うん。下着の色とかじゃなければ」
エルザたちが言っていた、自分たちよりも先に転生を試したという先祖の女性がいた、という話。実は一人だけ思い当たる人物がいた。
「未央、お前さ、ひょっとして転生族だったりするのか」
「何よそれ。わたしが転生? どうして?」
「だってさ、小さい頃、俺の隣の家って……未央が越してくる直前の日まで空き地だったよな」
「そうだっけ? 小さい頃のことなんて覚えてないわよ」
「メモワールの一族は他人の記憶を少し弄ることができるんだそうだ」
「へえ、そうなんだ。でもそれだけじゃあ分からなくない?」
「じゃあ、もう一つ付け加えよう。小さい頃、よく夢の部屋に二人で入っていたよな。あれは俺が創ったと未央はこの前言ってたが、違うよな。その当時、死んでいたのは俺じゃなく、未央だった。未央の死を回避する為に自殺したことはない。俺の記憶を操作して、そういう記憶が封印できないのなら、俺は死んでいない、つまり異世界は作っていないということになる」
未央はもう笑っていなかった。
俺の隣を歩きながら、何度か表情を伺うように顔を覗き込む。
「もし、わたしがその、一番最初に転生してきたメモワール族だとしたら?」
「いや。俺の勘違いだ。この話はなし。それよりあれだ。昨夜のポンデリビングだけどさ」
適当なアニメの話題を振ると、未央は「あー、あれさあ」といつものように楽しげにお喋りを始めた。
もし自分が好きな世界を創造する力を持っていたとして、果たして俺は何を望むだろうか。少なくとも今この状況を、それほど悪いとは思っていない。確かに何度か命を狙われ、実際に死を経験しているが、どうやら俺は死ぬことはないらしいから、それについては大目に見ることにしよう。
最初にこの世界にやってこれたメモワールの彼女は、一体何を望んだのだろうか。望もうとしたのだろうか。
俺を殺して、その力を手に入れるつもりだったのだろうか。
もしそうなら、彼女には何度もそのチャンスがあったはずだ。けれどそれをしなかったということは、そのつもりはないと判断してもいいだろう。
ひょっとすると、ただ異世界、俺たちの世界に来てみたかっただけかも知れない。そして来てみたら存外居心地がよく、当初の目的を見失ってしまったのかも知れない。
そんなことがあるのかどうかは本人でないと分からないだろうけれど、そうだったらいい、というのは俺の願望だろうか。
「信永さま」
「何だ?」
「わたしも隣を歩いても宜しいでしょうか」
エルザが尋ねている間にも、何故か俺の左隣にロゼリアがやってきて、腕を取った。
「何のつもりだ?」
「こうすると殿方が悦ぶ、と聞いた。どうだ? いいものだろう?」
ロゼリアはエルザより僅かに小さな胸を、俺に押し付けてくる。
「ちょっと信永! あんた何デレデレしてんのよ」
「いや、これはデレデレではなくて」
「じゃあ何よ!」
「おーい、信永。おは……って、なんで美女に囲まれてんだよ!」
通りの向こうから手を振ろうとした猛田が唖然としていた。
「おい、猛田。これは違う。違うんだ!」
「いやいや、信永。話が違うぞ! 蘇芳さんたちには手を出さないと言ってたじゃないか!」
「だから、違うんだって!」
「信永さま」
「信永」
「のーぶーなーがー!」
こうして俺の騒がしい一日が、また始まる。(了)
転生彼女の付き合い方 凪司工房 @nagi_nt
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