20 銀の願い星

 だんだん夏休みが近づいてきた児童会のある朝、チームサイエンスは再度の登場となった。最初の児童会のユリコ達が出てきて、ユニセフの募金の結果の報告とお礼の言葉があり、その次にマイコ、ユカリ、ユウトが呼ばれた。まずユウトが出てきて学校の田んぼの端っこにトンボ池を作る計画やスケジュールを説明した。次にマイコとユカリが出てきて池のイメージイラストを見せ、全校にアピールした。

「近くの池や川から採ってきた水生植物やメダカ、透き通った川エビなどがいる、すばらしい池にします。そして秋までにはトンボが来て卵を産んでくれるように環境を整えていきたいです」

 ユカリが上手く説明し、マイコが全校のみんなにイラストをアピールした。児童会の発表の時は特に反応もなかったが、チームサイエンスの時は歓声や拍手が巻き起こり、とても好評のようだった。でもすべて終わり、校舎に入る時、チームサイエンスの後ろからユリコ達が声をかけてきた。

「ちょっとあなた達、どういうつもり」

「は、なにか?」

ユカリが答える。

「4年生がこの間田植えしたばかりでしょ。邪魔になると思わないの?だいたい4年生には了解とってるの?」

するどいつっこみだった。でもユカリは憎たらしいほど冷静に言い返した。

「当然です。しかも4年生だけでなく、全校の先生に松重先生が了解を取っています。ご存知じゃなかったんですか?」

しかし優等生のユリコも負けていない。

「でも池なんか作って、低学年が落ちちゃったらどうするの?あぶないじゃないですか」

ユカリも無表情でやり返す。

「今度の池は深いところで20センチありませんから、危険はありません」

すると、何かあったのかと寄って来たマサルが割り込んだ。

「俺、思うんだけどさ、暑くなってきたから池なんか作ると蚊がわくんじゃねえの」

「…だからトンボを呼ぶんです、ヤゴが生まれればボウフラを食べてくれます」 

しかしマサルは、にやっと笑って言った。

「でも、まだトンボが来るのかどうかも分からないんだろ、その間どうするんだよ」

ほんの一瞬ユカリが答えにつまると、ユリコが見逃さなかった。

「蚊がわくって?それはまずいんじゃないですか?最近、デング熱とか色々な病気の原因になるってききますよねえ、ゆかりさん?!」

いったいなんで目の敵にするのだろう、ユリコは勝ち誇ったようににらむ。だがそこでユウトが助け船をだした。

「ユリコさん、さっきユカリが言ってましたよね」

「はい?!」

「池を作るのと同時にメダカを入れるんです。他の川魚も入れる予定ですから、ボウフラをどんどん食べてくれますよ。ご安心ください」

「あらそう」

ユリコ達がむっとして帰って行った。

「ユウト君ありがとう、助かったわ」

「俺たちチームだからな。でも悪いことじゃないのに、なぜあんなに目くじら立てるんだか…」

するとそこで初めてマイコが明るくみんなに言った。

「いいことなんだから、きっとそのうち、みんなもわかってくれるよ」

マイコはいつもくよくよせずに明るい。ユカリもユウトもマイコのそんな前向きな明るさが好きだった。

さてその週のうちにトンボ池の計画や工事に使うスコップなども着々と用意が進み、週末夏休み前の最後の科学センターがあった。

夏休みの自由研究のヒントや上手なまとめ方の授業があった後、各学校で後期の研究のテーマ発表があった。

面白そうだったのは、市内にある動物公園に行って、動物飼育のあれこれを観察・体験する研究。学校に降る雨の酸性度調査と、それを無害なものに変える研究なんかも面白そうだった。東小のビオトープ研究はまあまあの評判だった。だが終わった後、あの優しい大沢先生が来てアドバイスしてくれた。

「トンボは、産卵の前に水辺の近くにやって来て枝の先なんかにとまって、産卵場所を観察するんだ。だから池のそばにトンボのとまる場所を用意するといいよ」

これはいいことを聞いたと、ユウトとユカリは、池の場所を校庭の生け垣のそばなどに寄せる計画を話し合っていた。

そして夏休みの工事計画をもう一度確認してその日は終了。マイコは急いで帰るとママと一緒に秋島邸バラ園のレベッカにそわそわして出かけて行った。そう、今日はママとランチを食べる約束なのだ。

どちらにするかまだ決まっていないマイコにママがきっぱり言った。

「ママは、まだ食べていないカレーをいただくわ」

「ええ、ママはもう決めてるの?私、どうしようかしら?」

「よければママのカレー、味見させてあげるから、スパゲティナポリタンにすれば?」

「ありがとう、じゃあ私、ナポリタンにするから!」

「はーい、カレーにナポリタンね、すぐに用意しますよ」

ミリアはニンニク、ショウガをさっと炒め、そこに生トマトをざっといため、カレー粉を入れる。カレー粉は、クミンとコリアンダー、ターメリック、レッドペッパーを入れたシンプルなオリジナルだ。香りを立てるとそこにあの野菜たっぷりのビーフシチューを加えて、煮込み始めた。そしてその間にナポリタンを作る。

「ああ、スパゲティーはもうゆでてあるんだ」

じつはもう、朝のうちに大量のパスタをゆでてあり、アルデンテのまま一度冷やしてオリーブオイルにつけてあるのだ。玉ねぎとピーマンも薄切りと細切りにしておく。

他にも生マッシュルームの切ったものが冷凍してあり、それをコンソメスープでひたひたにしてレンジに入れて解凍ボタンを押しておく。

そして、ベーコンとウインナーを切ったものを焼き目がつくまで炒め、そこに玉ねぎとピーマンを足してさらに炒める。特別なケチャップとピーマンの細切りを入れてさらに炒めて酸味を飛ばす。

その頃にはカレーがいい感じになってくるので、ナツメグクローブ、シナモン、カルダモン、オールスパイスを入れたレベッカ特製のガラムマサラで香りづけをしてさっと火を通す。

またスパゲティに戻る。冷蔵庫から出したアルデンテの麺を先ほどのフライパンに入れてよく炒め、コンソメスープと温めておいたマッシュルームを合わせ、よく火を通す。仕上げにバターを落とし、粉チーズをふって出来上がりだ。

「はいどうぞ、当店特製のカレーとスパゲティナポリタンですよ」

ビーフやパスタだけでなく、野菜やキノコもきちんと下ごしらえしてあって、注文のたびにそれを合わせて手早く作る。そしてお皿に盛りつけたカレーとナポリタンが同時に出てくる。とても能率的でみるからにおいしそう、さすがだ。

「えっ、マッシュルームの香りが凄い」

マイコが感心するとママが言った。

「ほらマッシュルーム、一度冷凍してから料理に使ったでしょ。キノコ類はね、一度冷凍して細胞を破壊すると香りがとても良くなるのよ」

「ふうん、だからおいしいのね」

「ママのカレーも、牛肉がトロトロでおいしいわ。ほら小皿もくれたから、さっそく味見してみれば?」

「やったー!」

マイコもママも笑顔でぺろっとたいらげ、大満足だった。

「あれ、おいしいものを食べたら、守護天使様の言葉を少し思い出した気がする」

そう、おいしさがマイコの脳を活性化させたのか、ぼんやりと思い出してきた。

「たしか、小悪魔達がまた来るから、妖精と協力して追い払いなさいと…。あとまだなにかあったんだけど…、確かコレクタードールハウスには隠し部屋が…」

ところがその時、レベッカの出入り口のすぐ外で、何か言い争いをする声が聞こえた。なんだろう、マイコもママもそちらを見た。ミリアがさっと出て行った

「どうしたのお父さん」

ミリアがドアを開けた時、マイコとママも顔色が変わった。あの男だ。あのスペードの男が、キツネや狼に似ているあの男が、ここにまでやってきたのだ。

「…そんなものはここにはありませんよ」

「お店の中をのぞくくらいいいじゃないですか」

なんとスペードの男は、お父さんとミリアを押し切り、店内へと顔を突っ込んできた。

「あれ、ドールハウスはありませんねえ」

「当たり前です。そんなものは、ここにはありません。早くお引き取り下さい」

男はまたお父さんに名刺を押し付けると、さっさと帰って行った。

「ミリアさん、あの男よ、うちに来たのは」

ママが怖い顔をしてミリアに訴えた。ミリアが続けた。

「大丈夫、安心して、ここには決して近づけないから。今度来たら、橘さんの言うとおり、すぐに警察を呼んでやるわ」

ママとミリアはますます協力体制を取るようだった。

そしてその日は帰ってくると、また女王様のお茶会だった。

最初に秋島邸バラ園にスペードの男が現れた事件が、マイコから報告され、みんながまたざわめいた。すると男爵が立ち上がり、発言した。

「マイコさんの話しでは、バラ園にドールハウスがあるということがどうしてわかったのか、はなはだ疑問です。バラ園の誰かが知らせるわけもないし、最初から物置にあったわけですから、運び込まれたところを目撃されたわけでもない」

みんながざわめいた。

「もしかしてもっと強力な悪魔が裏で糸を引いていたとしたら危険です。私は人間界にくわしいウフルンの力を借りて、捜査を始めようと思います」

そう、人間界のファッションに敏感なウフルンは人間界をよく「散歩」しているのだと言う。さっそく立ちあがって男爵に協力を申し出る。

さて、楽しいお茶会に戻る。

「今日はエルだーフラワーのハーブティーです。イギリスでは妖精の住む樹木と言われているニワトコの仲間です。奥深い酸味のある独特の風味をお楽しみください」

「良く熟したプルーンを丸のまま甘く煮たプルーンのコンポートゼリーハニハニ風です。種を抜いてよく冷やしてあります、香りづけに少しリキュールも加えてありますよ」

今日もチャムチャムとハニハニのゴールデンコンビは絶好調。蒸し暑くなってきた今日この頃にうれしいおいしさだ。

この間、ユカリやユウトに会ってから、ピコピコはとても喜んでますますノリノリだ。

「こんちわー。毎度おなじみピコピコでーす。さて、今日は何のコスプレでしょうか?」

今日は魚のようだが、なんとも派手でちょっと怖い。手や足にヒレがつき、目がギョロっとしていて口が大きく開き、鋭い歯がギラリと並んでいる。

マイコが自信なさそうに手を上げた

「…もしかして、ピラニア??」

さあ、どうだ。ピコピコがもったいつけている。

「ピンポーン、正解です。アマゾンの肉食魚、恐ろしいピラニアです」

そして頭のかぶりもののボタンを押すと、今日は鋭い刃の並んだ口が、シャキンシャキンと閉じたり開いたりする。けっこうな迫力に拍手がおこる。

「ではピラニアのグルグルしりとりいきまーす」

え、また行くの。みんな感心した。

「ピラニア、アルパカ、カエルアンコウ、ウミウシ、シオマネキ、キノボリウオ、オカピ」

すごい、苦労しながらも最後のオカピでちゃんとつながった。

「ありがとうございます。ではピラニアと同じアマゾン川にいる、巨大魚ピラルクで、もう一ついきます」

同じピから始まるグルグルしりとりをもうひとつ?感心するしかない。

「ピラルク、クロアゲハ、ハヤブサ、サーバルキャット、トピ」

やった、大成功、拍手が舞い起こる。

次は、こちらも好例のポエポエの自由律俳句だ。

「ええっと、皆さんは日本の夏祭りというと何を思い出しますか…」

いつも通り、緊張しながらポエポエが言った。

「金魚すくい、ぁ、ヨーヨー釣り!」

「焼きそばかな、お好み焼きもね」

「盆踊りと花火でしょ?」

「やっぱ、わた菓子でしょ」

いろんな声がかかる。

「よかった、これなら、夏の詩が読めます」

ポエポエはちょっと安心して詩を読み始めた。

来てるかな、夜店の人波、太鼓の響きと笑顔の輪。

さらにもう1つ。

「ぬるい夜風、見上げる花火とかき氷」

何か夏祭りの夜が思い出される詩だった。みんなの反応がいいので、ポエポエも大喜びだった。そして女王の金言も新しいシリーズに入っている。

「今度動きだしたコレクタードールハウスは、バラ園のカフェにあるそうですね。そこで花の金言をフムフムにお願いしました」

なるほど、どうりで今日のフムフムは花模様の彩り鮮やかな洋服で決めている。

「ええ、実は今日の私の洋服は、ウフルンさんのコーディネートです」

かわいい、きれいというつぶやきがおこる。そしてフムフムはちょっと照れると、落ち着きを取り戻してから読み始めた。

「シベール・ミルフィーユ著「ハーブティーの科学より読みます」

フムフムはそこで小さな咳をして読みだした。

「花を見るものが、花を美しくする」

へえ、どういう意味なのだろう?すると女王が話しだした。

「とてもすばらしい言葉なのですけれど、意味が少しわかりにくいですね。でも、この言葉については私が解説するよりその言葉の出ている文章全体を、フムフムさんに読んでもらおうと思います。なぜなら著者のシベール・ミルフィーユは、歌劇団の女子寮で、薬草やハーブティーなどの研究をして女子学生にわかりやすく教えていた教師でもあったからです。ではフムフムさん、お願いします」

そしてフムフムの心のこもった長い朗読が始まった。

…今日の学習は校庭の花壇で行われた。

すると活発なレイチェルが花を見ながら質問した。

「先生、前の時間に勉強した杉の花はあんなに地味だったのに、この花壇の花は、なんでこんなにきれいなんですか」

「きれい?!そうね、おぼえている?杉の花粉はどうやって運ばれるんだっけ?」

シルビアがさっと手を上げた。

「はい、先生。風の力です。だから花粉が飛んできて花粉症になるんです」

「よくおぼえていたわね。じゃあ、この花壇の花の花粉を運ぶのは何かしら?」

最初は誰も手を上げなかった。アンヌがちょっと自信な下げに手を上げた。

「…蜂ですか?」

「正解です、色々な虫達によって運ばれます。憶えておくといいわ。花の美しさ、それは花と虫達のシャトルの攻防で造られるってこと」

そこで私はその花を手にとって話し始めた。

「花弁が美しい色なのは、虫の目に良く見える色だから、香りがいいのは、遠くからでも虫を引き寄せるため。中心から大きく花弁が開いているのは蜜のある中心部に導くために。ウテナの奥に。蜜を出す蜜腺があるのは、虫を潜り込ませて花粉を虫につけるために。虫の好む色、香り、形、えさになる花粉蜜、それらが花と虫の間で何度もやりとりされて、気の遠くなるような時間の中でこんなきれいな花を作りだしたのよ」

「へえ、きれいなわけがちゃんとあるんですね…」

「ふふ、そうよ。でもその中でもきれいな花、珍しい花を見つけ出して、殖やしたり品種改良したりして、この花壇を作ったのは人間だけどね。花を見る昆虫の目が、花壇を作る人間の目が美しい花を作ったのよ。花は見るものによって美しくなる。見るものと見られるもののすばらしいやりとりが結果として美しさになる。あなたたちもすばらしいやりとりを意識すれば美しさに近づけるわ…」

みんなの目が輝いた。

そこまで読み終わると、フムフムは本を閉じてみんなにお辞儀をした。その時だった、マシュマロン女王の首から下げている大粒のルビーが光り出した。女王がとてもうれしそうに話しだした。

「私の依頼に基づき、沢山の書物から、フムフムさんが今日のすばらしい金言を見つけてくれたことがナイスでした。さらに今の音読がとても聞きとりやすく、何より花の美しさのわけが見事に流れ込むように伝わってきました。それも本当にすばらしかった。結果、魔法のルビーが輝き、ここにフムフムさんには銀の願い星が授与されます」

するとルビーの輝きの中に、銀色の星が浮かび上がり、それがフムフムに渡されたのだった。あのメガネっ子で冷静なフムフムが天にも昇るように嬉しそうに顔を輝かせた。

「ありがとうございます。あと今日のコーディネートをしてくれたウフルンさん、あなたの洋服のおかげで自信を持って朗読できました。有難うございます」

そう、ここにもすばらしいやりとりがあった。ウフルンも立ち上がってフムフムを祝福した。するとそれを見ていたピコピコが感動し、突然女王に言った。

「失礼いたします女王様。恐れ多いことですが、質問してよろしいでしょうか」

「では1つだけ質問を許します」

「私も努力して、銀や金の願い星がいただけたらと存じます。でもどうすれば銀や金の願い星がいただけるのでしょうか?」

すると女王はにこやかに答えた。

「特別なことは必要ありません、あなたの得意なことでみんなを楽しくさせればそれでいいのです。今日のあなたのグルグルしりとりも願い星が3つか4つはもらえるでしょう。でも銀や金をもらうならもっと時間のかかる、難しいことに挑戦する必要があるでしょう。もしやり遂げればみんなは本当に感動し、その時は願いがかなうでしょう」

するとピコピコはピラニアのコスプレのまま、しばらく考えて言った。

「では珍獣をいれた動物しりとりを50続けたら、いかがでしょう…」

すると女王のルビーが、かなり強い光で点滅した。

「…うまく成功すれば、銀の願い星が出現するでしょう」

その言葉を聞いてかなり喜んだピコピコだったがさらに上の数字を聞いた。

「では、珍獣を入れた動物しりとりを100続けたらいかがでしょう」

するとルビーの点滅がさらに大きくなった。

「とても難しいことですが、あなたが一人でやり抜くのなら、金の願い星がもらえるかもしれません」

するとピコピコは決意し、はっきりと宣言した。

「では、いつまでかかるか分からないけど、僕は珍獣も入れた100しりとりに挑戦します。もちろん、人に聞いたり、本を使って調べたりしません。自分の力だけでしりとりを完成させます」

ちょっとピコピコがカッコよく見えた。ただ勢いで100と言ってしまったが、途方もない数だ。ピコピコの長い、つらい、苦悶の日々の始まりだった。

そして柱時計が鳴って、お茶会は今日も有意義に終了したのであった。

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