12 スペードの男
その日の夕方、マイコのうちの玄関でピンポンとベルが鳴った。
「はーい」
ママが玄関に行って何か男の人と話をしているようだった。子供部屋にもちょっとだけ話声が聞こえてくる。あれ、ドールハウスがなんとかって言う声が聞こえてくる。
「えっ、どういうこと?!」
そっと玄関に近づいて後ろから覗いて見る。あの優しいママが、珍しく険しい顔をして男の人になにか断っている…。
「…そうですか、ではせめて一目見るだけでもお願いできませんか?」
「いいえ、まだ外部の人には一度も見せたことがないんです。そもそもどうしてうちにあるとわかるんですか?」
「はは、うちの関係の物が、年代物のドールハウスが運び込まれるところを見かけたわけです。…別に今すぐどうこうするというわけじゃありません、今無料査定中なんで、見せてもらうだけでいいんです。いかがですか?」
「いえ、そういうお話はすべてお断りしています」
年齢は40才くらい、日本人離れした彫りの深い顔で、どこかキツネかオオカミに似ているとマイコは思った。
「クルミ材の年代物のドールハウスならば、安くてもうちなら300万以上は出しますよ。完品ならば、まだまだ高い値がつきますせめて見るだけでも、お願いします!」
そんな高いお金…、どうしよう、もしもドールハウスが売られてしまったら…?!マイコは心配になって、玄関へと出てきてしまった。ママはマイコの心配そうな顔を一目見て、声を大きくした。
「平気よ、この男の人を家に上げたりしないから!」
ママはすぐ男の方に振り返り、ぱしっと言い放った。
「いますぐお帰り下さい。これ以上いるのなら警察を呼びます」
するとさすがに男もあきらめたのか、名刺を無理やりママに押し付けて最後に一言言った。
「まことに失礼いたしました、いつでも電話を待っています。それでは、また」
男はそう言って、ドアを開け、さっと帰って行った。だがその時、マイコには見えたのだ。男の肩のあたりに、黒いテルテル坊主のようなおかしなものが乗っているのを…。
ママは名刺をしばらく見て、それからそれをエプロンのポケットに入れようとした。
「ママ、まさかその名刺、受け取るの?」
するとママは名刺を取り出し、ちょっと怖い顔でこう言った。
「これからすぐ警察に電話するんだけど、この名刺が証拠になるのよ」
ママの手にあった名刺には、会社のロゴだろうか、スペードに似た形が描いてあった。
「…骨董品高く買います、リサイクルの専門店、株式会社スペードロード、営業の上杉京介ね。今度はすぐお巡りさんに来てもらうから…。安心してね」
それからすぐにママが電話すると、玄関に今度は本物のお巡りさんが来て、早速話をすると名刺を渡していた。
「…お巡りさんが言ってたわ、最近は押し売りじゃなくて、押し買いっていうのが流行っているらしいのよ。一度家に上げたら、しつこく居座ってなんでも安く持って行ってしまうんですって。マイコも怪しいと思ったらすぐにママに知らせるのよ」
さすがママだ、いざとなれば頼りになる。でもマイコはまだ気がかりがあり、すぐに子供部屋に入ると、ドールハウスの用意をして、チャムチャムに会いに行った。
「…どうしたの、マイコちゃん。ちょっと顔が蒼ざめているみたい」
聞き上手のチャムチャムに今の話をして、おかしな黒いテルテル坊主のことを聞いてみた。チャムチャムはていねいに話を聞くと、それならポエポエが力になれると言った。
「…ポエポエは人の心の波を魔法の鏡で感じとって詩を書くの。魔法の鏡があれば、その黒いテルテル坊主のこともきっとわかるわ」
やがてチャムチャムがチャムチャムチャイムと呼ばれる小さな鐘を取り出して、それを鳴らしてポエポエを呼んだ。すると暖炉が光り輝いてポエポエが出てきた。
「ごめんね、急に呼び出して…実は…」
ポエポエはすぐに魔法の鏡を取り出した。いつもは人間の喜びや感動をこの鏡で感じて詩にしているのだと言う。
「じゃあ、マイコちゃん、あなたが見たと言う、その黒いテルテル坊主を思い出してみて…」
そう、確か、あの男が、無理やり名刺をママに押し付けて、ドアを開けた時だった。
「あ、心の映像が映ったわ?!」
鏡にはあの時見た黒い不気味なテルテル坊主のようなものが鮮明に映っていた。
「…こ、これは…!!」
チャムチャムこれはなんなの?
「…まちがいないわ、冥界から来た小悪魔ね…。もう何年もドールハウスには近付いてこなかったけど…」
なんということだろう、悪魔だなんて…?!
「すぐに女王様に知らせるから心配はいらないわ」
チャムチャムにそう言ってもらうととても安心する。
「追い返したのなら、しばらくは心配ないわ。ママさんも頼りになるみたいだし。とりあえず次のお茶会の時にみんなで話し合いましょう」
チャムチャムはそう言ってマイコにアールグレイのお茶を勧めてくれた。香り高い紅茶で体も心も温まり、マイコの顔色入っものように元気に戻った…。
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