2 金の鍵束
部屋の奥には、どっしりとした大きな家具のようなドールハウスがそびえていた。マイコはメモ用紙と筆箱を用意して、説明をメモしようと、やる気満々だ。
「18世紀のドイツのストラトス・ゼルキンという職人によって創られたキャビネット型のドールハウスよ。その後彼の弟子達によって、さらにミニチュアの家具や食器何かも改良されているわ。クルミ材で作られていて、お茶のセットが入っているから、ティールームドールハウスと呼ばれているわ」
「ストラトス・ゼルキンって有名な人なの?」
「そうね、17世紀のニュルンベルグのアンナ・ケーファーリンだとか、アムステルダムのペトロネア親子みたいに知られている人ではないわね、一説では魔法使い、魔術師だったという噂もある人よ」
「…魔法使い…」
お婆様の説明は良くわからなかったけれど、マイコは魔法使いという単語には大きく反応し、早速、ストラトス・ゼルキン魔法使いとメモしていた。
「じゃあ、まず扉を開けてみるわ。大事なところだからおぼえておいてね」
お婆様がキャビネットの横の小さな板をずらすと8センチほどの隠し扉が現れた。さすがにこれは教えてもらわないとわからない。隠し扉を開ける。小さな箱が引き出され、中からは2つの鍵束が出てきた。
「こっちの青い宝石のついた鍵束は、知り合いの方からあずかった大事なもので、たぶん近いうちに返さなくてはならなくなるから、大事に取っておいてね」
そして4つの金色の鍵のついた鍵の束を取り出すと1と書かれた鍵を使ってキャビネットの下の大きな扉を上にはね上げた。すると右側に25センチほどの引き出しが姿を表した。この引き出しには掃除道具や、遊びに使う12センチほどの木の人形が入っているそうだ。
さらに奥から脚を引っ張り出すと、はね上げた扉はそのまましっかりしたテーブルになった。このテーブルがティーパーティーの会場になるのだそうだ。奥には子ども用の椅子が4つ入っていて、早速テーブルを囲んで座ってみる。そして2と書かれた鍵を使って、テーブルのすぐ上の扉を開ける。扉は二重になっていて左右に大きく開くと、テーブルの上は左の壁と右の壁にはさまれた部屋のようになる。さらにくるくると丸めてあったカーペットを広げると、そこは真っ赤な絨毯と木調の壁に囲まれたパーティー会場のような華やかな雰囲気に変わっていく。10人がけの大きなテーブルセットのミニチュアや、暖炉、ピアノなどが入っているのが見えた。2階に続く小さな階段もある。
3と書かれた鍵で、その上の扉を開ける。2階には、食器戸棚や紅茶戸棚が並んでいた。
「私が帰ってから並べてみるといいわ、楽しいわよ。とても小さな食器やナイフやフォークまで、それはそれは精巧にできているのよ。ああ、くしゃみは厳禁よ、吹き飛んじゃうから。そしてうまく家具が並んだら木の人形を出してお人形遊びができるのよ」
お婆様はニコニコして、さらに注意事項を教えてくれた。
「このドールハウスには魔法がかかっているの。きちんと東西南北を調べて、南に向けて配置しないとダメなの。でもさっき配送のお兄さん達に頼んできちんと方角を合わせておいたからこれはいいわね。それと、ほら、引き出しにブラシと小さなチリトリが入っているでしょ。遊ぶ前と遊んだ後に必ず掃除をすること。それとこの引き出しに入っている小さなガラスの花瓶、これにきれいな水を入れて、花を飾っておかなければいけない。掃除を忘れたり、花が枯れたりすると、もう魔法はかからなくなるから、気をつけてね」
「お婆様、魔法って、どんな魔法なの?」
「…あら、私が教えちゃったらつまらないでしょ」
お婆様はそう言っていたずらっぽく笑った。
「ママ、花瓶に入れるお花ってあるかしら?」
するとリビングからママが出てきてにこやかに言った。
「お婆様、どんな花をかざったらいいかしら…?」
生きた花なら何でもいいのだけれど、できれば素朴な季節の花がいいわ、マイコちゃん家のお庭にも何か咲いていなかったかしら…」
「あら、そうなの、ならちょうどいいのが咲いているわ。お庭に摘みにいきましょう」
マイコの家の庭には小さな花壇と家庭菜園があり、通路の脇ではタンポポやツユクサ、レンゲなども姿を見せる。
「花瓶も小さいから、少しだけお花があればいいのよ」
やがて説明も終わり、きれいに花も生けられ、お婆様はドールハウスをよろしくと言って、帰って行った。
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