ドールハウスのチャムチャム

セイン葉山

プロローグ チームサイエンス結成

 新学期が始まり、少しした4月の下旬の週末、マイコは市役所の近くの中央小学校でバスを降りた。たくさんの小学生が一緒に降りてくる。他に歩いてくる子どもたちも大勢いる。でもみんなちょっと緊張してどこかまだよそよそしい。全員が5年生で市内全域の各学校から集められた代表だ。

 マイコ達の東小学校の理科の先生、松重先生もいて、声をかけてくれた、ちょっと安心する。

「…それでは今年度天山市小学校科学センターの開講式を始めます」

 ここは理科室、中央小の先生の士会でセンター長の大沢先生のお話が始まる。やさしそうで面白そうな先生だ。

「ええ、今年は凄いですよ。市内の大学の研究室の協力を得て、さらに楽しい理科の実験ができるようになったんです…」

 マイコの隣の席には同じ東小の2組のゆかり、その隣には3組のユウトが座っている。これから1年間、同じ小学校の代表として、理科の実験教室を楽しんだり、協力して自由実験に取り組む仲間だ。

「では次に、昨年度の科学センターの優秀研究発表会を行います」

 すると6年生のいかにも賢そうな男の子と女の子が出てきた。

 南小の荒木レイさんの班は「雲の研究」、1年間地道にスマホで撮り続けた色々な形の雲と、気象衛星の画像や天気図を関連付けたていねいな研究で、雲を見るだけで天気の予想が誰でもできるような役に立つ研究だった。

 西小の北石テルゾウさんの班の「外来生物の研究」は西小の仲間や先生と市内のあちこちの池や水辺を調べて回り、罠を仕掛けたり、手編みで採取したりした力作だ。カメや魚などが現在どうなっているのかが良くわかる興味深い研究だった。カミツキガメやブルーギルなどの外来生物が予想以上に増えていて、みんな驚いていた。でも沢ガニや貴重なホトケドジョウもまだ市内に生息していることもわかり、自然を大切にして行こうと言うメッセージがバッチリ伝わった。自分達にも、こんなすばらしい研究発表ができるのかな?できるといいな…。

 2組のゆかりや3組のユウトのことはあまり知らないけど、これから仲良くしていけるかな…などと考えるうちにマイコはうとうとしてきた。そう、こんな大事な時にマイコの悪い癖が出てしまった、それは居眠りだった。マイコははずかしがらないというか、堂々としていると言うか、授業中でも、まわりに人が大勢いても、ふと気がつくとすやすや寝てしまう。この開講式でも最前列でばっちり熟睡だ。

「あれ、マイコさん本当に寝ているの?もう終わったわよ」

気がつけば、隣の席のユカリが帰り支度をして肩をちょんちょんと叩いた。

「あ、ごめん。私また寝てた?!」

あわてて帰りの用意をして駆けだすマイコ。いつもならクラスの男子に悪口を言われるところだが、どうも3組のユウトもおだやかな性格で、にこっとしてついてくるだけだ。ユカリも優しいし、うちの3人組はちょっといいかもしれない。でもやっと、昇降口から出た時だった。

「あ、ごめん、急いでいて、筆箱忘れてきちゃった。すぐとってくるから、ごめんね」

そう言って、マイコは一人でまた後者の中へとドタドタ駆け込んで行った。ユカリとユウトは昇降口の前に二人で並んで、マイコを待っていた。その時だった。中央小学校の校庭でサッカーをやっていた男の子のボールが二人の足元に転がってきた。ユウトがそれを拾って、どこに帰せばいいのかと当たりを見回していた時だった。

「あれ、なんだ、よその学校の女が立ってるぞ。おいブス、なんで突っ立ってるんだよ、のっぽブース、メガネブース!」

ボールを追いかけてきた男子の一人が突然ひどいことを大声で言い出した。ユカリはべつに何も悪くない。ただ色白でひょろっと背が高く、その大きめのメガネもなにかと目立つのだ。くせのある長い髪も茶髪が勝っていてクラスでもいじめを受けることが少なくない。でもいつもなら無視して立ち去るのだが、マイコを待っているので立ち去るわけにはいかない。悔しくて相手をにらみ返す。すると男子達はますますはげしくやり返す。

「お、メガネブスがにらんできた、ブース、ブース!」

さらに別の男子も加わり追い打ちをかける。その時、何も知らないマイコが帰ってくる。

「筆箱あった、あったわ。先生が、先生がね、とっておいてくれたの」

マイコが先生先生と大声を出すので、男子達はちょっとやべえという感じで勢いがなくなる。さらにユウトがサッカーボールをそいつらに返そうと思いっきり蹴りあげる。

「ちっくしょう、わざとけりやがったな」

ボールは前にではなく横に飛び、校庭の隅へと転がり、それを追いかけて、悪口を言っていた男子達も校庭の隅へと走り去って行った。

「ユウト君、ありがとう。やるわね」

ユカリが声をかけた。

「まあね」

でも、実はわざと横に蹴ったわけではない、理科の成績が抜群のユウトだったが、運動音痴で、特に球技はさっぱりだった。前に蹴ろうとして、結果としてあの男子達を追い払うことになったのだ。

「ごめんね、私が忘れ物しちゃったばかりに…」

「いいのよ、マイコさんが騒いでくれたおかげで、やつらびびっていたから…」

そして二人でユウトにお礼を言っていつの間にか3人は打ち解けていた。この科学センターは週末に集まるのだが、成績抜群の子どもが行く場合もあるし、塾やスポーツクラブに言っていないひまな子どもが集まる時もある。今年の3人は問題もあるが、いいチームになりそうだ。科学を学ぶ3人組、チームサイエンスはこうして動き始めた。

「あれ、帰りのバスがもう来ちゃうわ。みんな急いで!」

実はこのひょろっと背の高いゆかりは超理数系で、今もあっという間にスマホでバスの現在位置を確認し、みんなに知らせたのだ。

みんなはゆかりのおかげでバスに乗り遅れることもなく、無事帰途に着いたのだった。

家に着くと、ママがにこにこして待ち構えていた。

「よかった。間に合ったわね、マイちゃん。昼御飯が終わって少ししたら、お婆様がお見えになるわ」

「忘れてた、お婆様が来るんだった」

「そう、持ってきてくれるわよ、例のドールハウスをね…」

そう、そしてドールハウスの長い物語が、ここから始まるのであった。

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