28 おかしな夢

「あら、マイコがいいならママは大歓迎よ。レベッカで早いお夕食を食べれば、ママも楽できるしね。パパがもう帰ってくるから、お掃除もきちっとやっておかないと」

ミリアに電話したら、夕方に来てくれればドールハウスを開ける時間はあるという。だから、それなら夕食も食べてしまおうということになった。

そして、翌日、閉園間近のバラ園にマイコとママは出かけて行った。

「じゃあ、今日はマイコがカレーを食べるね」

「ええっとママは…」

ママが決めかねているとミリアから提案があった。

「今度新メニューを考えているんですけど、試してみますか?」

「え、新メニュー、じゃあ、私が1番に食べちゃおうかな」

マイコにはすぐにわかった、サチサチの幸せレシピだと。それをさらに進化させて、とびきりスパイシーなウスターソースと淡路島産のフライドオニオンを使い、65度の低温で一度中までじっくり火を通して、お客に出す前に軽く焼き目をつけるだけなのだと言う。

「では少しだけお待ちください」

ミリアがにこやかに厨房に姿を消した時、なぜかママもちょっとトイレに行くと言って歩いて行った。なぜだか、店には珍しくマイコ一人となった。いや、一人ではなかった。マイコのすぐ横の席に座った客が、おいしそうにカレーを食べていた。今まで気づかなかった。どうしてだろう。

「いやあ、知らなかった。バラ園のカフェのカレーがこんなにおいしいとは…」

その人は20代後半ぐらいの優しそうなお兄さんだった。

「おじょうちゃんはここのカレー食べたことはあるの?」

急に話しかけられたが、きさくないい感じだったのでマイコも答えた。

「ええ、ひと口、味見したことはあるんです。おいしいですよね。あらかじめ作ったビーフシチューと手作りのルーを合わせてつくってるんですって」

「だからうまいのか、教えてくれてありがとうね。ええっと、さっきママと話してたね、確かマイコちゃんだっけ、ありがとう」

そう言えばさっき、話していたかもしれないけれど、急に名前を言われてマイコはちょっとびっくりした。

返事をしながらマイコはもう一度その男の人を見た。なんだろう、若くて優しいだけじゃない、すごく頭がよさそうで、礼儀正しくて、しかも例えようもなくかっこいいのだ。

なんだろう、マイコがつい見入っていると、その男の人は気さくに話しかけてきた

「マイコちゃんは、このバラ園に何をしに来たの?」

まさかドールハウスのことなど言っても仕方ないので。

「えっと、色々かな」

と、適当に返事をした。しかしついつい男の人が気になってしまう。気品があり、どこか哀愁のある瞳が印象的だった。

「そうか、色々あるんだ。このすばらしいバラや小道、おいしい料理の他に何かすばらしいものがあるなら、ぜひ私にも紹介してください」

マイコの心の中に、たとえようのない波紋のような感情が湧きおこり、つい何かしゃべってしまいそうになる。でもその時だった。

パタン…。

店のどこかで音がした。見るとそれはミリアのお母さんのフォトスタンドだった。はっと、マイコはわれにかえった。

すると、男はすっと立ち上がり。

「ああ、おいしかったごちそうさま。店長がいないから、ここにお金を置いていくよ」

そう言ってテーブルに伝票とお金を置くと、店を出て行った。去り際につぶやく声が聞こえた。

「…ミカエルめ、よけいな真似を…」

それから少ししてママが帰って来て、さらにちょっとしてミリアも料理を持って入ってきた。

「はい、特性カレーライスと、新メニューの粗挽きハンバーグです」

マイコはさっそくミリアに声をかけた。

「ええっと、ミリアさん、そこでカレーを食べていたお客さんが、お金を置いていくって」

「あら、マイコちゃんは居眠りでもしてたの?誰もカレーなんか食べてなかったわよ」

「ええ?!」

マイコはあの男の人のいたテーブルを見て驚いた。伝票もお金も置いてなければ、カレーを食べた後の食器もコップも何もなかった。やはり得意の居眠りが出てしまったのだろうか。

「あら、粗挽きで肉の食感がよくわかるだけかと思っていたら、すごいジューシーね。噛むとジュワっとくるわ」

「よかった、中は65度の低温であらかじめ火を通しておいて、表面にちょっと焼き目をつけただけだから、肉汁がほとんど流れ出していないんです」

そこに淡路島産のフライドオニオン、玉ねぎの甘さとスパイシーなソースが重なって、本当においしい。

「マイコのカレーも、この間はひと口だったけど、きょうは肉たっぷりで、しかもとろとろで最高!」

そして二人、ご満悦で食べ終わると、ママは一足先にお帰りだ。

「じゃあ、マイコはちょっとドールハウスを見てくるからね」

「あんまり長居をしてご迷惑にならないようにね」

「はーい」

そしてマイコはキラピカの話を聞くために離れへと歩きだしたのだった。

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