9 魔法のクローゼット

ウフルンの魔法のブーツから噴き出す光の粒が二人を加速して行った。

「うわあ、ぶつかる、ぶつかる!」

自分の体が手のひらに乗るほど小さくなっていることを思い知った瞬間だった。大きな葉の上に乗った露を吹き飛ばし、ウフルンのアクセサリーの鈴のような音とともに、長い草の葉の滑り台を滑り降り、咲きほこる花達を右に左にかわしながら、ものすごいスピードで花畑の奥へと進んで行く。

「さあ、到着よ」

「ええーっ!」

大きな花のウテナに飛び込んだかと思ったら、そこは不思議な小さな部屋になっていた。

「あれ、何でこんな広いお部屋があるの?」

「妖精の魔法よ、ようこそ私の部屋へ。まずは冷たいジュースでもいかが?」

そこはぼんやり白く明るい壁に囲まれた居心地のよさそうな部屋で、草の葉で編まれたソファーの横に木製のテーブルがあった。ウフルンが指をふって魔法の粉をかけると、そこに赤、黄、青の3色に分かれたジュースのグラスがパットあらわれた。

「妖精の仲間が集めた3種のベリーのジュースよ。どうぞ召し上がれ」

「なんて新鮮で純粋な味、お、おいしい!」

上がさわやかな酸味で中がとろっと甘く、最後が甘酸っぱいコクのあるジュースだった。マイコはその場で一気に飲み干した。この部屋は、ちょうど白い大きな花弁に包まれたような雰囲気で、柔らかで明るい部屋だった。

明るい壁の真ん中には横に長い大きな窓があり、一面のお花畑と、遠くには天空の滝や精霊の森も見える。空の青、森の緑、滝壺の深い青、そしてお花畑の輝く黄色やピンク、白や赤も風に揺れ、窓いっぱいに色々な色が溢れている。

「じゃあ、さっそくクローゼットを見てもらおうかな」

そうだった。今日の目的はこれだった。

「私と妖精の仲間で、妖精の舞踏会に使うドレスをたくさんつくったの。その時銀の願い星をもらったの」

「それで、どんな願い事をしたの?」

「おしゃれなクローゼットがほしい、中にお洋服が何百着も入って、どんなお洋服が入っているのかもすぐわかって、いつもほしい洋服がすぐに取り出せるものがほしいってお願いしたの」

「…そりゃあ、ちょっとよくばりすぎかも…」

「それで…?!」

「ジャジャーン!願いがかないました。これが私の魔法のクローゼットです!!」

ウフルンが指差したのは、とてもおしゃれな、でも何の変哲もない、普通の洋服ダンスだった。どう見ても何百着も入るようには見えない。

「たとえば、今日みたいな天気のいい日に、女王様のお茶会があるとするでしょ」

ウフルンがそう言ってクローゼットを開けると、おしゃれな洋服が5着、中に入っているのが見えた。とってもおしゃれでくつろいだ感じの服ばかりだ。でもたったの5着しか入っていない。

「ええっと、ええっと…」

マイコが首をかしげているのを見て、ウフルンは笑いながら一度扉を閉めた。

「でも、たとえば妖精王の舞踏会に行くとするでしょ」

そう言いながらまた同じクローゼットを開けると、今度は、きらびやかなドレスが5着、アクセサリーと一緒に入っていた。

「えええっ!」

「じゃあ、今度は、しとしと雨の日のお散歩のための洋服をお願いね」

そう言ってウフルンが扉を閉めて開けると、今度はレインコートや、雨をはじく上着、幅広の帽子やかわいい長靴まで一緒になって出てきたのだ。こんな風にして、夏のリゾートファッションや、冬の雪の日の温かいコートまで、5着ほどが魔法で選ばれて出てくる。必要なだけいつでも自由に見て取り出せるのだ。

「この小さなクローゼットに、何百着も入っているのよ。お片づけも楽だし、入れておくとしわも伸びて洗濯もいらないの」

「すごい、なんて便利なの?!」

食べ物の魔法も便利だが、この洋服の魔法も便利だ。ほ、ほしい!

「便利でしょ、ほらほらこっちも見て」

すると今度はクローゼットの下から、持ち手のついた3段の引き出しのある小箱を出してきた。

「願い星にお祈りしたの。私以外の人には開けられない、しかもアクセサリーがたくさん入るおしゃれな宝石箱がほしいってね」

ウフルン以外には開けられない?それは鍵をかければいいんじゃないの?マイコはそう思ってその木箱を見てみた。

「あれ?どこにも鍵穴がないわ」

渡された木箱をマイコが受け取り、3つある引き出しを引っ張ると、すべての引き出しは何でもなく開いた。

「あれ、どの引き出しにも何も入ってないわ?!」

ところが3つの引き出しをぎりぎりまで引き出した後、ウフルンはにこっと笑って、箱の横を触った。

「えええっ、どういう事?」

なんと木箱の右の壁からウフルンはまた3つの引き出しを引っ張り出したのだ。その空間には今まで正面引き出しが入っていたはずだから、引き出しが入るはずはないのだが?その中には小さな仕切りがあり指輪が並んでいた。

「うっそー」

さらにウフルンは左からも3つの引き出しを引き出し、後ろからも引き出しを引っ張り出した。それぞれネックレスやブレスレッドが入っている。

そして最後に何も入っていなかった正面の引き出しを中に入れてから、また引き出して見せたのだった。

「わあ、今度は宝石が入ってる!手品ミたい?!」

「手品じゃないわ、魔法よ」

正面の引き出しには妖精王から賜ったと言うエメラルドのネックレスや大粒のパールが入っていた。

結局この木の宝石箱は、正面に3つ、右側にも3つ、左側にも3つ、後ろからも3つの引き出しを引き出すことができ、3×4、12の隠し引き出しがあることになる。なるほどたっぷり宝石が入るわけだ。しかも、正面以外の引き出しを取り出す方法はマイコが見ていてもまったくわからなかった。セキュリティも万全ってことだ。

「お菓子や飲み物の魔法もいいけど、おしゃれの魔法もべんりだなあ、魔法っていいなあ」

マイコが感心しているのを見て、ウフルンは自慢げにほほ笑んだ。しばらくしてマイコは虹の橋が消えないうちに同じ道を帰って行ったのだった。

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