26 芽生え

「そうなの、私はマサルが怪しいんじゃないかって思うんだけど、ユカリは児童会のユリコさんも疑わしいって言うの。まあ、低学年や中学年も出入りしていたっていうし、田んぼのあたりはさすがに監視カメラもないしね…」

「…そうなの」

チャムチャムは本当に聞き上手だ。少しも嫌な顔をせず、いつでもマイコの話しに耳を傾けてくれる。

「でもね、マイコちゃん。1つだけ気になるのは、池ができた日、私、池を見に学校に出かけたわよね。あの学校の中で、一瞬だけど小悪魔が来たような気配がしたの…、私の気のせいかもしれないけどね」

「小悪魔…?!やっぱりあいつらのせいなのかしら」

「でも、男爵にすぐ報告したら、さっそく調べておいてくれるって言ってたから」

「よかった。こんな大事件になってしまったけど、みんなが力になってくれると思うと安心だわ」

マイコはちょっと落ち着いてきた。

「でも、絵ももう書き直したって言うし、マイコちゃんはよく頑張ってるよ。お茶会で報告したら願い星ものだよ、きっと」

「え、私でも願い星がもらえるの?」

「お茶会の出席者には、全員権利があるのよ。マイコちゃんもきっとそのうち」

そしてそんなふうにして、おいしい紅茶を飲んでいると、気分もすっかり晴れて、いつの間にか元気になっていた。マイコはこの間発見した秘密の地下室とキラピカのことをチャムチャムに訊いて見た。

「すごいわね、キラピカを見つけるなんて。キラピカはコレクタードールハウスが物置にしまわれた頃から妖精の国にも帰ってこなくなって、行方不明扱いだったのよ。何か事件に巻き込まれたとか言われてたけど、よかったわ。さすがマイコちゃんね」

じゃあ、キラピカはミリアのお母さんが亡くなってから今まで、ずっと魔法で眠っていたのかしら…?信じがたいことだった。

そしてそれからも学校のプールは毎日あったが、もうひどいいたずらはされなくなった。池をめちゃくちゃにした犯人だが、クサヨシを抜いた者、土手を崩した者、ポスターを破った者がそれぞれ別で、どうもみんな怪しいらしいという事がわかってきた。

そしていよいよ土曜日の朝早く、チームサイエンスは身支度を整え、近くの川に出かけたのだった。

「ここが流れの無い入江で、ワンドと呼ばれているところだ。ここのワンドはその中でも浅くて溺れる心配はまずない。間違えて川の本流に出ないように、本流側から入り、岸に向かって歩きながら小魚を取る。これなら安全だ。ワンドには大きな魚は少ないが、小魚やエビは多いから、この間のやり方でうまくとれよ」

「はい」

松重先生の指示でみんな古いスニーカーに履き替え、手網を持って、ワンドの入り口から岸に向かって水に入っていった。

手網は動かさないで、足でけって魚を追い込む…。

「採れた!」

早くもユウトにヒット!透き通った筋エビが網の中ではねた。

「私も採れた!」

「私も!」

ユカリやマイコにも次々とヒット。40分ほど手網を使うと、小魚はモツゴ、タモロコ、ヨシノボリ、ドジョウなど12匹、透明なスジエビはは14匹、その他にもヤゴが4匹とれた。

「今日は暑いから急ぐぞ」

「はーい」

松重先生が理科室から持ってきた酸素スプレーを吹きこんで、魚の入ったビニール袋をパッキングし、さらに保冷剤を入れたエコバッグに分けてみんなで持って帰るのだ。

「あとは科学センター長の大沢先生から連絡があって、別の魚がやってくるかもしれないよ」

ともかく、魚が弱らないうちに池に放さなくてはいけない。みんな、足早に学校に帰って行った。

池は透き通ってみんなを待っていた。

「よし、急いで魚を放そう」

ユウトの合図で小魚やエビが一斉に池に放たれた。

「わあ、みんな元気だ、弱ってるのはいないぞ!」

さらに、そこに野村さんが別のビニール袋を持ってやってきた。

「中央小の大沢先生から頼まれたんだ」

なんとそれは、この天山市の上流でとれた貴重な野生のメダカだった。中央小の水槽で増やしたものを15匹ほど分けてくれたのだ。

「すごーい、貴重な地元の天然メダカだよ!」

メダカ達が、小さな群れをつくって自由に池の中を泳ぎ回っていた。無農薬の学校の田んぼから、ミジンコなど微生物が流れてくるので、えさも必要なかった。

「あと、あのホウネンエビがいた中央小の田んぼの泥と水もくれたよ」

池はかなり生き物が増えてきて、ウキクサなどの浮く植物や水中の藻の仲間も日光をよく受けて増えてきたように見える。

「あ、そうだ」

マイコが思い出して、荷物の中から小魚やエビの描かれたあのポスターを取り出した。もう一度描き直した力作だった。

「今度メダカも入ったから、あとでメダカだけ別に描いてきて貼り付けるから」

そう言ってマイコは立て札へポスターを貼りつけたのだった。

「あっ…!!これって、これって…」

ユカリが急にクサヨシの倒れた株の前で座り込んだ。一体どうしたと言うのだろう。

「マイコちゃん、ほら、いくつも芽が出てるよ…」

それはマイコが思っているような芽の出方ではなかった。倒れて水に浸ったままのクサヨシの茎のあちこちから等間隔で芽が出ているのだ。

「クサヨシの節の1つ1つから芽が上に伸び、水中では根が下に伸びている。…不思議」

もともと川岸に生えているクサヨシは、洪水などによって、頻繁になぎ倒され、水に浸ることも少なくない。でもそのたびに倒された節の1つ1つから芽と根が伸びて復活していくのだ。たくさんの芽が出てまた増えていくのだ。

マイコが言った。

「すごいね、クサヨシって。倒れた後の方が、芽がたくさん出る。すごいね命って!」

ユカリはまた何枚も記録に写真を撮っていた。そして力強く立ち上がると、誇らしげに笑った。

「ユウトの言うとおりに植え直してよかった。水辺の植物は思っていたよりずっとたくましいのね」

池は、逆にみんなを元気にしてくれたのだった。

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