38 魔女の策略

決戦の前日、駅ビルの高級イタリアン、ラベンナの個室に、魅惑的な若い男と、モデルのような美しい女が向かい合って座っていた。

「いかがですか、ルシフェル様、うちの牧場産の肉を朝倉シェフが仕上げたラムのステーキは?」

「この間食べたミラノ風子牛のカツレツも、柔らかくミルキーでおいしかったんだが、これもうまいねえ。ミントやガーリックを使った味付けや柔らかな肉質にも驚くけど、まあすごいのは、この羊特有の肉の臭みがゼロと言ってもいいくらいないことだね」

「ええ、実はぎゅうぎゅう詰め込んだりせず、大自然の中で伸び伸びと育て、健康で選ばれた牧草を食べさせることにより、肉の臭みを抜くことに成功したんです。ラムの料理は、低脂肪の健康食で、カルニチン等のダイエット成分も注目されていますし、イスラム圏のお客様にも需要があって、うちの牧場でも力を入れているんです」

「このセットで付いてくる、バラ色のスープと魔女の香草サラダも、さらに美味しくなってる気がする。さすがだね」

二人はランチセットを食べ終わると、ほどよく冷めたエスプレッソをすすりながら、本題に入った。

「私もまさか、あのちっぽけな妖精達が、テーブルゲームドールハウスを復活させて挑んでくるとは思わなかった。まあ負けそうなときは私があのバラ園のカフェに乗りこんで、計画通りに魔法の望遠鏡を手に入れてくるけれど…。遊具勝負に勝てればそれに越したことはないからね。西岡君、君の作戦をおしえてほしい」

「おまかせください。テーブルゲームドールハウスには古代の魔法がかかっていて、へたな小細工をすることはできません。でも戦うのは人間の子どもです。今回私が用意した小悪魔は、その集めた子供達の能力を高めてくれるのです」

「ほう、どういう能力だい?」

「ヒロという小悪魔は、戦う相手の考えを読みとることができます。ですから戦う相手の戦略や弱点を盗み読み、ゲームをいつも有利に進めることができるのです。マサルという少年は相手の弱点をついたり、裏技を使ったりするのが得意です。ヒロと組ませてより相手の裏をかき、相手の弱点を付いて、必ず勝利することでしょう」

「でもミランダと言う小悪魔は、女性を美しくするやつだろう、それで勝負に勝てるの?」

「ユリコという女の子はより美しく、より魅力的になることによって、より強く、より支配的になる女の子です。ミランダと組めば、恐ろしい存在となる事でしょう」

「では最後のジルという小悪魔は?」

「ジルは、恐怖や迷いをとりのぞき、容赦のない攻撃をさせる能力があります、もともと

気の強いキララという女の子と組めば、相手を徹底的に叩き潰すでしょうね」

「なるほど、さすが西岡君、きちんと考えてあるねえ」

「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄の至りです。明日はきっとルシフェル様のご期待に添えることでしょう」

その日、マイコの家はてんやわんやだった、パパが例のコスタリカの長期出張から帰ってくるのだ。ママは前日までに家の大掃除を完了、今日は朝から得意のローストビーフを作っていたかと思うと、やれパパの好きなフルーツだ、ワインだ、チーズだと買出しに忙しかった。そして時間が近づくと空港までお出迎え。マイコはその間、夏休みの自由研究、ドールハウスのことをまとめながら家で待っていた。

「ただいま、マイコ、パパのお帰りよ!!」

「ただいま、マイコ、元気だったか?」

マイコは玄関にかけ出し、日焼けして少し精悍な感じになったパパに、飛びついてハグした。

「お帰りなさあい!」

それからリビングで夕食をとった。

「パパが和食がいいって言ったから、まず第1段は特製の海鮮丼よ」

酢飯の上にパパの好きなものばかり、海藻や大葉、岩牡蠣,筋子、ウニ、スモークサーモン、そしてタラバガニの太い脚肉がゴロリと入った、変則的な海鮮丼だ。

「まずは、ミルキーな岩牡蠣に良く合う白ワインで乾杯よ!」

マイコもリンゴジュースで乾杯、ママもニコニコで、やっぱりパパがいるととてもうれしい。案の定ウマイ、ウマイの連発、大成功だった。

「あと、冒険料理でパスタを作ったの…明太子の代わりにフグの卵巣を使ってみたんだけど…挑戦してみる?!」

「おい、フグの卵巣って、フグの毒があるやつじゃないのか?」

「能登半島から取り寄せた、熟成させたやつだから平気よ。私もさっき味見したから大丈夫」

「そうなのか?じゃあ食べてみようかな…」

「万が一の時は、味見した私も死ぬのは一緒だからね」

「ちょっとマイコを置いていかないでよ、まったくもう」

そして3人で一緒にパスタに挑戦、フグの卵巣にオリーブオイルとたっぷりの大葉を使った意外なおいしさだった。

それから、ワインでチーズやローストビーフをつまみながら、パパが撮ってきた、コスタリカの珍しい生き物写真の大画面上映会だ。帰りの飛行機の中で、ママやマイコに見せたい写真だけ選んできてくれたのだ。

2m以上もあるイグアナが、川べりの枝に何匹もいる写真や、愛嬌のあるカワウソがボートを追いかけてくる写真、赤い目玉模様のある美しいコスタリカアカスジヤマガメ等の写真に目を見張った。さらに植物の葉や枝そっくりに擬態する昆虫たち。あと夜、ホテルの部屋に入ってきた、ヒカリコメツキという虫は日本のホタルの何倍も明るいそうで、暗い部屋で照らされた、カレンダーの文字がくっきり読みとれた。ジャングルを歩きまわったり、川を進んで行ったパパの面白い冒険談を聞いたりして、その日は大満足で子ども部屋に戻った。

マイコは寝る前に、ティールームドールハウスにちっちゃくなって入り、女王様達とお茶を飲んでいた。度胸のいいマイコではあるが、何か大ごとになって、明日の遊具勝負がうまくいくかどうか、やっぱり心配だった。でも、チャムチャムに話を聞いてもらって、一緒においしい紅茶を飲んでいると心が落ち着いてくる。

「もちろん明日は、私がマイコちゃんとずっと一緒にいるし、ユウト君とユカリさんには、男爵とウフルンがついてるから安心して」

するとウフルンと男爵が、にこっと笑った。

今日のピコピコは、なんとゾウガメだ。

「ガラパゴスゾウガメでーす。もともと首が長く、オス同士は、どちらが首を長くのばせるかで優劣を競います」

「へえ、知らなかった。そう言えば、首がけっこう長いかも」

「さてここでクイズです。ゾウガメには丸いドーム型の甲羅と、甲羅の前が広く開いた、クラ型の甲羅があります。山地が少なく、エサの少ない島に多いのは、ドーム型でしょうか、クラ型でしょうか?」

おっと、こんどはクイズだ。みんなの意見は大きく2つに分かれた。

「答えはクラ型です。エサの少ない島では、高いところにあるサボテンの枝などを取れるように首が伸び、首が出しやすいように甲羅の前が広く開いた、馬の鞍のような甲羅になったのです」

なるほど、でもちょっと難しかったな。しりとりのあとは、珍獣ミニクイズでがんばるらしい。

「ポエポエでーす。夏の終わりの詩を作ってみました」

そうか、もう、夏休みも終わりに近づいてきたもんな。

「雷が近づき、ツクツクホウシ鳴きやむ晩夏」

「風鈴が大きく揺れて台風の知らせ聞く」

まだ暑い日が続くが、そういえば朝夕は涼しくなってきた気もする。一足早く、季節の訪れを感じる詩だった。

そして好例の女王様の金言のコーナーだ。

あのメガネのフムフムが、分厚い本をパラパラとめくりながら言った。

「明日の、ゲーム勝負に関連した金言を探すように、女王から依頼がありました。お聞きください。プリメア・エチュード著、水槽のミケランジェロより」

女王が大きくうなずいた。

「…海も確かに弱肉強食の世界である。でもそこには何層にも積み重なった、ピラミッド構造があり、共存があり、多様性がある。全体で支え合うのが海であり、そこには単純な支配と服従はありえない」

すると女王は言った。

「どっちが強くて、どっちが勝つか、そんな単純な勝ち負けでは海は語れないということなのです。いばることもさげすむこともない。弱肉強食、支配と服従、勝者と敗者、そんな関係を越えて、美しく積み上げられたものがこの世界なのです。ゲームの勝ち負けにこだわらず、もっと大切なことを学ぶのです」

女王の言う事は、今回は難しかったけど、なんとなくわかった。勝ち負けにこだわらず、もっと大切なことを見てきなさいと言う事だと思った。

そしてもう一つの金言をフムフムが読み上げた。

「シベール・ミルフィーユ著、ハーブティーの科学より、いきます。…ハーブの一つ一つはとても個性的で刺激的である。問題は個性を認めることは誰にでもできる。が、その個性の伸ばし方、他の個性との組み合わせ方をどうするかなのである」

すると女王が言った。

「誰に勝ったとか、誰より偉いとか、そんなことより、その人の良さをどう伸ばしていくか、誰とどう組み合わせて力を生かし合い、何をなし得るかなのです」

それからみんなで雑談。チャムチャムはちょっと不安なマイコの話をよく聞いてくれた。

「ありがとう。チャムチャムの紅茶、いつもおいしいし、何か明日もがんばれそうな気がしてきたわ」

今日のお茶は、ローズヒップとリコリス(甘草)を使った甘酸っぱいハーブティーだった。

マイコはすっかり安心して、眠りに着いたのだった。

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