22 幸せレシピ

 そして、帰ってすぐの水曜日、マイコはまたバラ園のレベッカへと出かけた。マイコは移動教室のお土産の信玄餅を持って行った。

「ええ、これはマイコちゃんが自分のおこづかいで買ってくれたの?ありがとうね。早速一緒に食べましょう。今日は玄米茶んなんかどう?」

 もちろんマイコは大喜び、あの離れでは、今日は赤いバラと白いバラが上品に生けてあった。玄米茶のいい香りに、黒蜜がよく合う。きな粉をうまくからませて、口に運ぶ。

「おいしいわ。お土産どうもありがとうね」

 そして片付けてさっそくドールハウスをセットする。

「あ、キッチンに妖精が来てくれたわ」

 見るとキッチンに、花模様のエプロンをつけたユリのようにほっそりした長い髪の妖精が立っていた。背中にはオナガアゲハのような優雅な羽がゆれていた。

「やせの大食い、サチサチです。私の幸せレシピコレクションを紹介させてね」

 やせの大食い?コレクションボックスが光り、ミリアが取り出してみると、中からは沢山の写真のようなものが出てきた。

「あら、フォトスタンドね」

そこでマイコとミリアが人形を出してちっちゃくなると、フォトスタンドはキッチンのテーブルの上に飛んで行った。

キッチンではサチサチがお出迎え。マイコとミリアはテーブルに行き、さっそく写真を見せてもらうことにした。

「この写真はね、私が魔法のカメラで撮った幸せレシピの写真なの」

いくつもの写真があったが、よく見ると、どの写真もおいしい食べ物を囲んで笑顔の家族の写真だった。

カレーライスをほおばる兄弟とお母さん、エプロンをつけたお父さんの自慢のビーフシチューと女の子、アイスをペロペロする幼い兄弟や、大きなプリンに満足そうな中学生もいる。お花見で持ち寄った料理をみんなで囲んではしゃぐ家族、散らし寿司も彩り鮮やかだが、山積みにされた唐揚げのおいしそうなことと言ったら?!

「あれ、面白い写真がある」

その写真にはミリアも首をかしげた。なんと写真の中央にあるのは冷蔵庫、そのまわりにお母さんと、小学生くらいの子供達がいて、なんともうっとりした顔で冷蔵庫をチラリと見ているのだ。

「確かに不思議な写真ね…」

するとサチサチが、写真の冷蔵庫の扉に手をかざした。

「うわ、たくさん鶏が見える、こっちは牛さんだわ」

「実はこの冷蔵庫には朝一番でもらってきた、放し飼いの特別な鶏の生みたて卵が入っているの。それと、もう一つお母さんがさっき取りに行ってきたばかりの低温殺菌牛乳もね」

なるほど、自然の中で健康に育った鶏と牛のおいしい恵みが入っているのか。

すると写真の中から会話が聞こえてきた。

「いやあ、さっき食べたオムレツとミルクはうまかったなあ」

「当たり前でしょ、生みたて卵としぼりたて牛乳よ」

「ねえ、ママ、オムレツのあとにつくったあれはまだ食べちゃいけないの?」

「さっき約束したでしょ、今日これから水族館に行って、帰って夕食を食べてからデザートに食べるのよ。それまでよく冷やしておくからね」

「はーい」

そう言われてみんな冷蔵庫の前を離れるのだが、どうしても中の物が気になるようだった。

そしてサチサチが種明かしした。

「実はあのお母さんが冷蔵庫に入れたのは、最高の卵と牛乳を使った特製プリンなの。そのプリンを食べるところもおいしそうなんだけど、あの子ども達がね、なにかにつけて、今日はおいしいプリンが冷蔵庫にあるんだと思いだして、1日中、幸せな気分でいたの。冷蔵庫があの家族を幸せにしていたの、面白いでしょ」

なるほど、この写真にはおいしい食べ物だけじゃなく、おいしい思い出もつまっているのだ。

「あら…」

突然ミリアの手が止まった。

「…どうしたの?」

覗き込むマイコ、ミリアの手に取った写真に写っていたのは、まだ幼稚園の女の子、ニコニコしてクッキーを食べている。そしてその傍らでミルクをマグカップに注いでいるのは、ミリアそっくりの女の人だった。写真をよく見ると、場所はまだ真新しいこのドールハウスの置かれたこの場所に違いない。するとあの時の会話が聞こえてくる。

「どう、ミリア、妖精から教わったクッキー、お母さんの手作りよ。おいしい?」

「ママ、すごい。おいしい、とってもとってもおいしいよ」

「じゃあ、この作り方、メモしてとっておかなきゃね」

そしてママと娘の笑い声…。

気がつくとミリアはぽろぽろと涙をこぼしていた。でもやがてその涙は、あたたかな微笑みに変わっていく。

「…だからあのクッキーはあんなにおいしいんだ…」

さらに二人で写真を見ていく。どの写真もおいしそう、幸せそうなものばかりだ。すると横で見ていたサチサチがマイコに話しかけた。

「マイコちゃんは食べてみたい料理ある?」

「そうね、どれもおいしそうだけど。このマーボ、やけに気になるかも…。えっ食べたい料理って?食べられるの?」

「当たり前でしょ、ここはキッチンよ」

サチサチはニコニコしながら、マイコの言ったマーボの写真を見た。

「ああ、吉田さんちのマーボね。ここのお母さんは、中国山椒や八角、豆板醤なんかを使った本格的なマーボを、家庭にある材料で作るのが得意なのよ。子供たちも大好き。じゃあ、マイコちゃん、そのフォトスタンドに魔法の呪文が出てくるから、呪文を読みあげてね。途中で読み間違えたり噛んだりするとたまに失敗することもあるけど、うまく呪文が言えたら、おいしいマーボが食べられるわ」

「えっ、本当?うまく呪文が言えるかしら…」

ちょっと心配したマイコだったが、その呪文を見て安心した。

「これなら、私でもなんとか読めそう」

そしてその呪文を読み上げると、材料がぱっと現れ、包丁やまな板でとんとんと材料が切られ、鍋が火にかけられて、どんどん料理ができていくのだ。

吉田さんちの♪マーボを作る呪文。

豆腐を1丁ひし形切り。ネギ、ニンニクはミジン切り。八角ちょっぴり、山椒小さじ1。

ひき肉300用意して、豆板醤は小さじ1。2カップの水を鍋に入れ、お湯が煮立ってきたのなら、鶏がらの元、大さじ1、入れて豆腐をさっと煮る

別に中華鍋を火にかけて、ニンニク八角山椒を、ゴマ油でさっと香りたて、ひき肉、豆板醤炒め。

みりんと醤油、オイスターソース、どれも大さじ2杯ずつ。味付けばっちり決まったら、

スープと豆腐を流し込む。

大さじ3杯片栗粉、水で溶いて流し込み、とろみがついてきたのなら、仕上げにネギとラー油かけ、ぐらっと煮立てて出来上がり。

マーボ豆腐を召し上がれ

「やったー、間違えずに読めたわ。大成功。これが吉田さんちのマーボね」

目の前には、見事に写真の通りのおいしそうなマーボが出来上がり、湯気を上げる。さっそくみんなでよそって食べる。

「わあ、おいしい」

みんなが写真の通りの笑顔になる。

「でもね、私達が小さい体で、魔法でおいしさのエッセンスだけを食べているから、おいしさはそのままだけど実際は食べていないのと同じなの。いくら食べても太る事はないわ、安心してね」

「え、こんなにおいしいのに、いくら食べても太らないの?じゃあ、私も、やせの大食いに仲間入りしようかな…」

ミリアが笑った。マイコはまた別のことを考えていた。

「ねえ、この呪文をおぼえたら、私でもお料理上手になるかな?」

「もちろんよ、しかも簡単な料理から本格的な料理まで、いろんな幸せレシピがあるわ」

「じゃあ、サチサチさん、私でも作れそうなおいしいレシピの呪文、教えて!」

サチサチは、しばらくフォトスタンドを色々ながめて最後に1つ選んだ。

「オッケー、これならマイコちゃんでもできるわ」

それは有名レストランのシェフだというパパが、子ども達のために作ったと言うハンバーグレシピだった。

「そこのレストランでは、ハンバーグはつなぎを入れず、オーブンで焼いて、最後にドミグラスソースをかけて出すの。だから小麦粉や卵を使ったハンバーグはどうも納得いかず、子どもにも作りやすい方法を考えて苦労の末、大胆にシンプルにしたレシピを作ったの。子ども達が大喜びよ。さあ、マイコちゃんこの呪文よ。読んでぜひおぼえてね」

なるほど、さっきのマーボの呪文と比べてもとても短い。お好み焼きのとろりとしたソースを使う事により、つなぎがなくともまとまるのだそうだ。フライドオニオンは玉ねぎのみじん切りを上げてあるので、包丁も使わずにただまぜるだけで簡単。そして2つのソースを使う事により、焼き上がってそのまま食べておいしいのだと言う。

つなぎなしハンバーグの呪文。

ひき肉300、ボウルに入れて、ウスターソースは大さじ1。お好み焼きのソースを2、

フライドオニオン4入れて、まぜまぜしたら4等分、ラップにくるんで成形し、フライパンで焼きましょう。

簡単、おいしいハンバーグ!

サチサチのキッチンでは、呪文の通りにどんどんハンバーグが出来上がっていく。みんなでさっそくいただきます!

「つなぎがなくて、肉と玉ねぎだけ、本当にレストランの食感ね」

ミリアがかみしめながらうなずいていた。

「それにブラックペッパーも、ナツメグも入れてないのに、スパイシーだわ。あ、そうかウスターソースを入れてるからね…なるほどよくできてるわ。なんと言っても簡単だし…」

さらに感心するミリア。とびきりのウスターソースに心当たりがあるから、カフェのメニューにできるかしらと本気でサチサチに相談していた。

幸せでお腹がいっぱいになり、今日も大満足で終了だ。だが、片づけを始めた時、マイコはまたひらめいた。そう、お美味しいものを食べたのでまた脳が活性化したのだ。

「ミリア、待って、まだドールハウスを閉めないで。思い出したわ。守護天使様が、コレクタードールハウスに隠し部屋があるって言ってたの」

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