4 チャムチャム

「えっ?!」

 気がつくとマイコは不思議な場所にいた。木調の落ち着いた壁、真っ赤なカーペットの敷かれた広間の大きなテーブル、そこの立派な木の椅子に座っていた。テーブルの上にはシックな蜀台もあり、外国の御屋敷にでも来ているようだ。

「どこなの、ここは?また夢でも見ているのかしら?」

 そうか、夢なんだ、だったらいつものことだとマイコは開き直り、あたりを見回した。

「あれ、見たことあるような部屋だわ…どこかしら。もしかして?!」

 マイコは立ち上がり、ピアノの横を通り、暖炉の前を歩きながらふとひらめいた。そして部屋の奥に行くと、あれを見つけた。

「やっぱりそうだわ、階段だわ。だとすると、ここを昇れば…」

トントントンと昇ると目の前には、あの大きな食器戸棚があるではないか。

「なんて素敵な夢かしら、私、ちっちゃくなってドールハウスにいるんだわ」

食器戸棚の横には紅茶の戸棚、顔を近づけるだけで、いい香りがしてくる。そして隣には本棚だ。ためしに手を伸ばしてみる。ちゃんとした本でページを開くこともできる。

「あれ、あれ、あれれ…」

どうしたのだろう、難しい外国語の本のはずが、なぜか意味がわかるではないか…!

ページを開いてよく見てみると、外国語の意味とともに、美麗な挿絵が目に飛び込んでくる、紅茶の産地や紅茶の入れ方などが書いてある、すべてが心に飛び込むように意味がわかるのだ。

「そうだ、冷蔵庫、冷蔵庫!」

昔にはあるはずの無い冷蔵庫、あれはどうなっているんだろう。確かにあったグレーの扉の冷蔵庫だ。そっと扉を引くと、開いた。

「うわ、冷たい、本当の冷蔵庫だわ。あれ、おいしそうなプリンが2つは入ってる?!」

なんで昔作られたドールハウスに冷蔵庫があって、本当に冷たくて、しかもプリンが入っているのだろうか?マイコは冷蔵庫の扉を閉めると、また思いついた。

「…でも、きっと夢だからね、そうだ、上の屋根裏部屋にも行ってみようっと」

あのさっき取り付けた螺旋階段を回りながら昇る。低い天井、屋根裏部屋が見えてきた。ところがその時、何とも言えない紅茶のいい香りが漂ってきた。気配を感じて屋根裏部屋を見回すと、そう、人間に良く似ているけれど人間とはどこか違うものが、あの二人がけの小さなテーブルでお茶を入れていた。背の高さはマイコと同じくらい、それは耳と鼻が少しとがっていて、紫色の光沢のあるくせのある髪をたなびかせ、ツユクサのような青っぽい服を着ていた。

「…あなただったのね」

「さっき紅茶の戸棚に行った時に姿を見られてしまったようね。今お湯を入れたから、もうすぐお茶が入るわよ」

マイコは、その妖精に誘われるままにテーブルに着いた。

「はじめまして、私は紅茶の妖精チャムチャムです。このティールームドールハウスの管理人もしています。よろしくね」

突然のことに驚いたマイコだったが、なぜかぜんぜん怖くなかった。それどころかとても懐かしいような優しい気持ちになれるのだ。

「こんにちは、私はマイコ、ここはドールハウスなの?私はどうなっているの?」

「…聞きたいことは山ほどあるでしょうね。とりあえず、そこの壁を見て」

チャムチャムの指さす方には、さっきマイコのかけた鏡があった。

「え、そう言う事なの?!」

鏡には最初、チャムチャムの姿もちらっと映っていたが、自分を映してみて驚いた。そこに映っていたのは、あの素朴な木彫りの女の子の人形だった。自分の手を眺めたり触ったりしても、いつもどおりの人間のままだが、鏡の中は木彫りの人形なのだ。不思議だった。

「驚いた?あなたの魂は人形と一緒になって今ドールハウスにいる。でもあなたは人間と同じように動けるし、飲んだり食べたりもできるし、妖精の言葉を放したり聞いたりもできるわ。これが魔法なの。ようこそティールームドールハウスへ。そして私の部屋へ…」

自分は人間のまま人形になり、妖精とも話ができる…?なんだろう、心がウキウキしてきた。

「じゃあ、もう一つ、おもてなしの魔法を使うわね」

そう言ってチャムチャムが右目でウインクすると、下の部屋で扉が開いたような気配がして、空中を何かがとんできた。

「す、すごい」

下から飛んできた白い4枚のお皿が先に着地、そのうちの2枚に表面を波打たせるようにプリンがのっかり、残りの2枚にはティーカップが乗った。プリンには見る間においしそうなカラメルソースが上手にかかり、最後に銀のスプーンが静かに舞い降りた。

「ちょうど、お茶が入ったわ」

チャムチャムはティーカップにポットからお茶を注ぎ、マイコに言った。

「私のオリジナルブレンドよ。さあ、召し上がれ」

夢だか魔法だか分らなかったが、プリンと紅茶がおいしかったので、マイコは何も言わず、ただ満足そうに食べ終わった。

「おいしかった見たいでよかったわ。便利でしょ、私は紅茶やお菓子を用意したりする時の魔法を色々知っているの」

あの冷蔵庫も、好きなお菓子が出てくる魔法の冷蔵庫なのだという。なんと良い役に立つ魔法だ。それにチャムチャムはとても聞き上手の妖精だった。学校での出来事や今日の科学センターでの事件などの話も親身になって良く聞いてくれる。紅茶のおかわりもすすむ。後片付けも魔法で一瞬だ。汚れが洗い流され、ピカピカになった食器がまた食器戸棚に飛んで帰って行く。そのあとで二人は屋根裏部屋を見て歩き、窓辺に置いたゼラニウムの鉢にもジョウロで水をやった。これも魔法の力でちゃんと水が出るし、花もそのうち咲くのだという。

他にどんな魔法があるのかと聞くと、チャムチャムは言った。

「妖精によって、使える魔法が色々ね」

チャムチャムは紅茶やお菓子の魔法が得意なそうだが、よかったら次は色々な妖精に会わせてあげると言いだした。

「ええ?、色々な妖精がいるの?」

「ここ、ティールームドールハウスは、毎週土曜日に妖精達を集めてティーパーティーをやるのよ」

「ええ、本当なの?」

「今度、初めてマイコちゃんが来たと知ったら、みんな喜んで集まると思うわ」

マイコは次の土曜日に沢山の妖精と会う約束をしてチャムチャムと別れた。

気がつくと、マイコは自分の部屋の自分の椅子で目を覚ました。そして心をこめて掃除して、花と家具を片付け、沢山の扉を順番にそっと閉めた。下の扉を閉め、1回の扉を、2階の扉を閉めた、そして。

「またね、チャムチャム」

マイコはそう言うと、太陽と月の扉を名残惜しそうに、そっと閉めた。

やがて少しすると、ママがお買い物から帰って来た。マイコは何もなかったように、ニコニコしてママを出迎えた。

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