41 美しき戦い

ちょうど同じ時刻、昼下がりの秋島邸バラ園喫茶レベッカでは、ランチタイムの混雑がそろそろ始まる時間帯だった。

「何かおかしいわね。バラ園を見たお客さんが、喫茶レベッカに誰も入ってこない…」

だがその時、喫茶のドアが開いて、一人の男が入ってきた。

「いらっしゃいませ。…ええ?」

その男は背が高く、ミリアが学生の頃あこがれていた助教授にどこか似ていた。まさかそんなはずは…?でもよく見るとやはり違う…。むしろ、ずっと男前だ。

「ごきげんよう、確か店長のミリアさんでしたね」

「ええっと、どちらさまでしたっけ?」

「いやあ、実はこの間来た時はお会いできなくて…ルシフェルと申します。ええっとコーヒーセットで、新メニューのつなぎなし粗挽きハンバーグをお願いします」

「はい、少々、お待ちください」

なんだろう胸がドキドキする。ミリアは厨房に戻り、あらかじめ65度で、中まで熱を通しておいたハンバーグを冷蔵庫から出し、さっと表面を焼くと、ポテトやアスパラガスとともに盛りつけし、ライスとサラダ、コーヒーをセットにしてカウンターの上に置いた。

ところがどうしたことだろう、急に眠くなって、近くの椅子に座ると、そのまま意識がなくなるように眠ってしまった。だがその時、一瞬光が閃き、どこからか別の手が伸びてきて、カウンターからハンバーグセットを取り上げると、男のところに運んだ。いったい誰が…?

その時、六角形のテーブルについたマイコには声が聞こえた気がした。

「うん、わかった、守護天使様、私頑張るから」

おいしいポテポテクッキーを食べて、脳が活性化したマイコが何かを思いつき、ユカリに耳打ちした。

「え、閉じ込めちゃえばどうかって?それはいい、私の壁作戦に使わせてもらうわ」

それを聞いたユカリが、マイコに何かを説明した。最初はうれしそうな顔をしていたマイコだったが、そのうち難しい表情に変わり、しばらくすると、手にしたメモ用紙に何か書きはじめた。

「ではこれより第3回戦を始めます」

植草館長の声が響いた。

まずは、南の大平原にルビーレッド女王の業火で美しい膜や、北の見晴らしのいい岩場に、ブルーダイア将軍の陣地を用意する。女王側には、宝石で飾りつけられた巨象の軍と、レッドドラゴン、将軍の陣地には、鎧をつけた巨人の軍とブルードラゴンが配置される。

するとそれぞれの幕や陣地に、女王と将軍が姿を現す。

「南の魔法国ルビニアと、北の魔法国ダイアードは、今まで何回もこのエメラルディアの大平原で、魔法の戦いを繰り広げてきた。今回も特殊能力をもつそれぞれの軍を率いて、総力戦で魔法戦争を行うものである」

女王の説明が 終わると将軍の声がした。

「では二手に分かれがよい!」

妖精陣営はルビーレッド女王、対戦者はユカリ、応援参加者はマイコだ。二人の後ろにはウフルンとチャムチャムが付いている。

小悪魔陣営は、ブルーダイア将軍、対戦者はユリコ、応援参加者はキララだ。こちらの二人の後ろには、ミらんだとジルがついている。

「では、それぞれの軍を配置しなさい」

両軍は、赤を基調とした鎧や兜、青を基調とした鎧いや兜で整然と色分けされている。

ウォーリアー歩兵隊、兵力2×8部隊。重厚な鎧かぶと、長槍、ソードとシールドで武装している人間の兵士達だ。

バーサーカー突撃隊、兵力3×4部隊。一度に全兵力攻撃可。モーニングスターやロングソードを持った狂戦士、荒くれ者達だ。

ケンタウルス弓矢隊、兵力3×3部隊。下半身が屈強な馬で、一度に2マス進める。2マス先、斜めのマスから弓で攻撃できる。飛び越し攻撃はできない。

エルフ弓矢隊、兵力3×5部隊。森に住むエルフ専用の美麗な弓を使う。2マス先、斜めのマスから攻撃できる。飛び越し攻撃はできない。

トロール隊、兵力5×2部隊。巨体で怪力な魔物。こん棒や巨大な斧で攻撃する。

グリフォン隊、兵力4×2。鷲の頭と翼、ライオンの巨体を持つ空飛ぶ怪物。一度に2マスずつ進める。斜めに2か飛び越しで3マス進める

女王本隊レッドドラゴン隊、女王は魔法師とともに、凶暴なレッドドラゴンに乗る。兵力6×1部隊。一度に斜めに1か飛び越しで2マス進める。威力2のレッドドラゴンファイアブレスで2マス離れたところから攻撃できる。

相手の将軍本隊、ブルードラゴン隊、兵力6×1。将軍は魔法師とともに冷酷なブルードラゴンに乗る。一度に斜めに2か飛び越しで3マス進める。威力2のブルードラゴンファイアボールで1マス離れたところから攻撃できる。

レッドドラゴンは火力で勝り、ブルードラゴンは飛翔力で勝っていることになる。女王と将軍が引連れている魔法師は、隣接する4部隊に対しての回、飛翔、バリアの魔法を1回ずつ使える。もともと空を飛べる魔物は、さらにその能力に3マス分の飛行能力がプラスされる。

ユリコは自分なりにマニュアルを読み、キララとともに部隊を並べ始める。するとあのブロンドの美しい妖精ミランダが耳元でささやく。

「あなたの正面に座っている女の子、あれがユカリなの?」

「そうよ。あのダサいメガネをかけている子…」

「なるほど、色白だし、長い髪は光沢のあるブラウン、確かに背があなたより高そうね」

「そして、算数だけはどうしてもあの子に勝てない…。他は大したことないけどね」

「でもあなたの方が、全然美人だし、まあ、あの子の洋服のセンスは、普通っていうかださいわね。前髪も勝ってるしね」

ミランダはそう言いながら、ユリコに魔法をかけていった。

「ふふ、ユリコ、あなたが優勢になればなるほど、美しくなる魔法をかけたわ。あなたはあの女より格段に美しくなって、そしてぶちのめす。勝利の美酒はきっとおいしいわ」

そして小悪魔ミランダは、オーロラの鏡という魔法をかけた。他の誰からも見えないが、ユリコの目の前には、透き通ったオーロラの光が揺れて、そこに自分の姿がいつでも映し出されるのだ。

「あなたは誰より美しい。勝てば勝つほどさらに美しくなるのよ」

「ありがとう、勝ってもっともっと美しくなるわ。あのメガネ女をぶちのめして、本当の私になるの」

ユリコの横には、妙に無口になったキララが座っていた。

「キララちゃん、敵の動きをよく見て、気が付いたことがあったらすぐに教えてね」

「うん、まかせて」

青の軍団を指揮するユリコは、ウォーリアー部隊に守らせたケンタウルスとエルフの2大弓矢隊を前線の中央に出し、すぐ右にグリフォン部隊、左にバーサーカー部隊、中央奥に将軍本隊とトロルを中心とした守備隊を配置した。

「先手必勝、相手の攻撃が届かないうちに、効率よく攻め上がって、女王を追い詰めてやるわ」

ユリコはスピードで攻め上がり、女王の軍を速攻でつぶす作戦らしい。

一方の赤の軍団、ユカリはグリフォンの全軍と、ケンタウルスの2部隊で特攻部隊を組織した。その後ろに、ウォーリアーとケンタウルス、エルフとトロルの部隊をバラバラにして、分厚い壁のように並べた。さらに後ろにバーサーカーとトロルで守って女王本隊を配置した。

「マイコと私が考えた壁作戦、思い知るがいいわ」

サイコロが転がる、先攻はユリコだ。青い軍団の怒涛の攻めが始まる。大地がうなり、勇壮な叫びが聞こえる。雄叫びとともに青の軍団全体が赤の陣地へと攻め上がってくる。

「ええっ?」

ところがユカリの赤の軍団は、中央のグリフォンケンタウルスの特攻部隊を進めたが、なんと他の駒は、一切進めなかった。自分の陣地内で、相手の攻撃を受けて立つつもりだ。

ユカリのグリフォンケンタウルスの特攻部隊は、青い大軍をかいくぐり、一直線に相手の将軍をねらいに突き進んだ。

「ぐおおおおおおッ!」

すぐに、青の将軍を守るユリコのトロルやウォーリアーが、こん棒を振り上げ、鉄球を振り回し、槍をかまえて迫ってくる。だが赤のケンタウルスもグリフォンも足が速く、すぐにはつかまえきれない。かなり青の陣地に食い込んで戦闘が始まった。

その一方、赤のユカリの陣地に、大量に攻め込んだユリコたち青の軍勢は、意外な苦戦を迫られていた。ユカリの作った壁である。なんとこの壁は、8部隊あるウォーリアーすべてを使った巨大な壁なのだが、ウォーリアー部隊のすぐ後ろに残りのケンタウルスやエルフが均等に配置されていて、斜めからノーダメージで攻撃できる弓矢隊の特性を生かし、近付く者を集中攻撃してくるのだ。それを理数系のユカリは瞬時に計算し、相手の駒の動きを予想しながら細かく駒を動かし、1ポイントでも多く敵にダメージを与えるように迎え撃った。

「うぬ、足止めを食うほどに、こちらの体力が削られていく」

しかもユリコの攻撃部隊、エルフとケンタウルスも壁に阻まれて足止めを食っているのだ。だがユリコは全くひるんでいなかった。

「ふん、その程度ではびくともしないわ。魔法師よ、ここで魔法を使うわよ」

「ははー」

魔法師が、特大のブルーダイヤモンドの光るロッドを大きくかざした。

「わが軍に魔法の盾を与えたまえ、バリアの魔法!」

ロッドから出た光は、あの荒くれ者達の集団バーサーカー部隊に注がれた。

「おおおお!」

バーサーカーは、もともと1回に1ポイントの攻撃力ではなく、自分の持つ3ポイントの兵力すべてで攻撃できる。だが、全兵力を使えば死んでしまう命知らずの集団だ。しかし、このバーサーカーにバリアの魔法をかければ、1回きりだが一度に3ポイントずつのダメージを与え、しかもこちらは無傷ですむのだ

「行けー!!」

ユリコの号令で、バリアの魔法がかけられたバーサーカー3部隊が、エルフの弓矢隊を1発で仕留め、そこに青のグリフォン隊が飛び込み、あの大きな壁を崩しにかかった。

ユリコは、さらに将軍の本陣を狙ってきたグリフォンとケンタウルスの特攻部隊を、トロルとウォーリアーの集中攻撃で攻め上げた。

「グオオオオオオー!」

青のトロルの巨大なこん棒で、赤のグリフォンが吹っ飛ぶ。さらにユリコは跳ぶ能力の無い巨大なトロルに魔法をかけるように命じた。魔法師がまたブルーダイヤモンドのロッドをかざした。

「我らの軍に、翼を与えよ。飛翔の魔法!」

すると巨大なトロルに白く輝く翼が生え、大空に舞い上がると、グリフォンを追い詰め、とどめを刺したのだった。

これでユカリの突撃部隊は全滅。さらに壁の周辺で歓声が上がる。

「あの赤の築いた壁を破ったぞ!」

壁の中央がついに崩れ去った。もちろんユリコにも大きなダメージがあったが、気が付けば、ユリコの陣地には敵の赤の軍勢はゼロ。圧倒的にユリコが攻め上がってきた構図であった。「「ふん、他愛もない」

空中にきらめくオーラの鏡に姿が映る。ユリコは敵の陣地に全軍を送り込んだ勢いを得て、何か体のあちこちがキラキラと光り出した。そんなユリコをマイコは時々見て、何かメモしているように見えた。いったいなんだ?そして中央に開いた穴から、グリフォン隊と残りのバーサーカー部隊を送り込んだのだった。

ドドドドドドー!青の舞台が攻め込む、グリフォンが飛び、バーサーカー達が奇声を上げる!

「し、しまった。次の作戦よ!」

赤のユカリの軍勢は、壁の穴をすぐに埋めるかと思うと、穴をふさがず、何を考えているのか、生き残ったケンタウルスとエルフの弓矢部隊の立て直しに入っている。ユリコは勝ち誇って号令をかけた。

「赤の陣地は、わが青の軍勢で埋め尽くされ、わが軍に多大な被害を与えた壁も崩れ去った。今こそ敵の本陣に攻め上がるぞ!」

「おおー!」

その時、敵の陣地を見張っていたキララがユリコに言った。

「おかしいわ、敵のレッドドラゴンを守っていたバーサーカー達が逃げ出したわ」

どういう事だ?これは作戦か?ユリコは、急に黙って何も言わなくなったマイコを見た。何か作戦があるのならおかしな動きがあるかもしれない。

「えっ?!」

なんということ、どうりでしゃべらないはずだ、マイコは応援参加者のはずが、どうも居眠りしているようだ。

「…まあ、すべてにおいて格下の、あのアホ女は無視してもよさそうね」

そして赤の陣営に深く入り込んだユリコは、ユカリのレッドドラゴンをグリフォンとバーサーカーでぐるりと包囲した。次の攻撃で集中攻撃をかければもう終わりだ。

「フフフ、ハハハ、何が壁作戦よ。開いた穴をふさぎもせずに、バーサーカーも逃げ出して、それでもうおしまいなの?最初はちょっとこわかったけど、ふたを開けたらこんなもの?」

ユリコの体を取り巻く光は輝きを増し、肌はさらに透き通るように白く、長い髪はつややかに輝き、背もさらに伸びてユカリを越したかもしれなかった。

「お待たせいたしました」

ここはバラ園のカフェ、レベッカ。ルシフェルがやって来てハンバーグを注文したが、ミリアはルシフェルの魔力によって眠りに落ちていた。だが光とともに現れたもう一人が突然厨房に現れ、ミリアに代わって動きだした。

「ご注文のつなぎなし粗挽きハンバーグのコーヒーセットでございます」

いったい誰だ?顔はミリアにそっくりだったが、ショートカットのミリアとは違い、髪は豊かに長かった。男は、最初はひどく驚いていたが、やがて落ち着くと、静かに語りだした。

「君ならどんな姿にでもなれるのに、どうしてまたミリアの母親になったんだい?ミカエル…」

そう、目の前にいるのは守護天使にして第天使、ミカエルのようだった。

「悪魔から娘やドールハウスを守りたいと言う、私への強い祈りがこの姿をくれたのよ」

ルシフェルは、今度は少し神々しいオーラを放ちながら、ハンバーグを食べ始めた。

「実にうまい…、低温で火を通してあるから肉汁がほとんど失われていない…。変なつなぎもないし、粗挽きの粒々感もあって最高だね」

やがてミカエルは、自分も紅茶を入れてテーブルに置く。二人は、向かい合って座り、静かに見つめあった。

「…あなたが来たってことは、もう勝負がついたってことかしら?」

「分かってるくせに…。念のためさ。君こそどうして?」

「…もちろん念のためよ」

そう言って、ミカエルは静かにほほ笑んだのだった。

「この店の紅茶はおいしいわね」

「そうだろ。おっと、そろそろ決着が付きそうだ」

「ついたらどうするの?」

「場合によっては恥も外聞もなく、力ずくで魔法の望遠鏡を取って、帰ることだってできる」

するとミカエルは笑って言った。

「やってみればいいじゃない。どうぞ…」

するとその瞬間、ルシフェルの端正な顔はメタルブルーに輝き、その背後には12枚の輝く翼を持った、恐るべき堕天使の姿が現れた。強い風と炎に包まれた隕石、光がミカエルへと押し寄せた。だが同じ瞬間に、ミリアのお母さんの顔は金色に輝き、その背後には12枚の翼をいっぱいに広げた神々しい堕天使の姿が現れ、金色のオーロラと青い星の輝きが風と光を跳ね返した。

「…なんだ、本気で止めるつもりなんだな」

ルシフェルはもう、もとの姿に戻っていた。

「悪魔達から、かわいい娘やドールハウスの妖精達を助けたいという、母親の心はとても強い。今でも少しも変わっていないわ」

「仕方ないな。今日は帰ることにするよ。ミリアのハンバーグは本当においしかったよ。よろしく伝えてくれ」

そしてルシフェルは消えていった。その途端、厨房でことりと音がした。ミリアが目を覚ましたのだ。

「え、どういうことなの?」

厨房から出てきたミリアは立ち尽くした。9才の時に死んだ母親が、あの日のまま、そこに立っていたからだ。

「お母さん…」

「ミリア…」

二人はしばし見つめ合った。

「いったい、どういうことなの…お母さん」

すると母親はそっとミリアに近づき、抱きしめながら言った。

「私はもう、ミリアのそばにはいてあげられない。でも、いつもあなたを思っているの。あなたの幸せを願っているのよ」

そして母親はにっこり笑った。思いきり抱きしめ返すミリア。

「お母さん、会いたかった、会いたかったよ…」

熱い思いが二人の間を駆け巡った。しかし少しすると、母親は消えていた。母親の強い思いが大事なものを守った…。

勝ち誇ったユリコの顔が、目の前のオーロラの鏡に映っていた。もう、負ける要素はひとかけらもないと思われた。だがその時、どこからともなくとてもいい香りが漂ってきた。

眠っていたはずのマイコが、ぱっと目を開けた。なんとこいつは眠ったふりをしていたのだ。なぜ?なんのために。

「くん、くん、この匂い、間違いないわ。このオモチャ博物館の喫茶部の名物料理、あのアップルパイの匂いよ。そうか、今日は焼きたてが食べられるわけね。もうちょっとしたら、シナモンと、バニラの香りもしてくるかしら?」

確かに、こんないいにおいがしていては、眠っている振りもできない。だがそれは、この第3回戦も、もう終盤と言う事だ。

あのメガネのユカリは冷静に言い放った。

「ルビーの魔法師よ、わが願いを聞き届けたまえ」

すると赤の魔法師はルビーのついたロッドを振りかざして叫んだ。

「わが軍に翼を与えたまえ。飛翔の魔法!」

すると、そのロッドの大きなルビーから出た光は、もともと飛翔能力のある女王のレッドドラゴンへと向けられた。飛翔能力がさらに高まったのだ。

「グォオオオオオーウ!」

すると、ドラゴンの翼はみるみる大きくなり、大きな羽ばたきとともにその巨体を高く上昇させた。

「な、なんてこと、どこに飛んで行くつもり?!」

レッドドラゴンは、青の軍勢の包囲網を軽く飛び越えると、さらにあの壁の穴へと飛んで行き、そこに逃げていたバーサーカー部隊と合流した。

「追撃よ、追撃するのよ、急いで!」

ユリコが、取り乱したように叫んだ。だがレッドドラゴンはさらに突き進み、あっという間に、一度穴のあいたあの大きな壁が、ウォーリアーやケンタウルス、エルフによってふさがれていくではないか!

「く、こ、これは…!!やられた…!」

なんと青の軍勢は、復活した壁に阻まれ、赤の陣地に閉じ込められてしまったのだ。その壁から、一足先に抜けだしたレッドドラゴンとバーサーカー軍団は、悠々と青の陣地に入り、将軍のブルードラゴンへと突き進んで行ったのだ。これが壁作戦の真の意味であった。

「でも、ドラゴン勝負なら五分と五分。こっちにはまだ強力なトロル部隊もいるわ」

魔法は、隣り合う4つの味方の部隊にかけることができる。ユリコは最後の魔法で、トロルの2部隊2兵力を回復させると、最後の大勝負へと覚悟を決めたのだった。

エメラルディアの大平原に、相対した火力に勝るレッドドラゴンと、飛翔能力に勝ブルードラゴン。お供は命知らずの荒くれ者、赤のバーサーカー3部隊と巨大なこん棒をブンブン振り回す、怪力の青のトロルの2部隊だ。攻撃位置や残された魔法を使うタイミングを間違えなければ、どちらにも勝機は残されている。

赤の軍団がじりじりと近付く。

「赤のバーサーカー3部隊にバリアよ」

魔法師の赤い閃光が宙を飛ぶ。

バリアでノーダメージとなったバーサーカーの軍団が、迎撃に出てきたトロルの1部隊を、全兵力を使って連続攻撃だ。

「グオオオオーン」

怪力の、青のトロルの巨体が、地響きとともに倒れていく。そしてさらに、もう1匹のトロルにも別の赤のバーサーカー部隊が迫っていた。さしもの青の軍勢も、あと少しで全滅かと思われた時だった。

「攻めるわよ、ブルードラゴン、飛ぶのよ!」

「ガルルル…グワオオオオ!」

飛翔能力の高いブルードラゴンは、まさかトロルやバーサーカー部隊を飛び越すと、斜めからレッドドラゴンに威力2のファイアボールで直接攻撃だ。さらにトロルがうしろからレッドドラゴンに近付く。

「なんの、行くわよレッドドラゴン!」

判断が難しいところだったが、レッドドラゴンはそのまま逃げずに、強力なファイアブレスで応戦した。両者とも体力が2ずつ減った。2匹のドラゴンの危機迫る戦いである。

「まだ負けない!」

ユリコが叫んだ。青の攻撃の番で、ブルードラゴンが大きく横に回り込み、レッドドラゴンの斜め後ろからまさか攻撃してきた。さらにブルードラゴンがいた場所に、トロルが唸り声を上げて入った。今度は生き残りのトロルと、まさかの挟み撃ちにしたのだった。ダブルの攻撃に体力を減らすレッドドラゴン、体力はぎりぎりあと1しか残っていなかった。だが、ユカリはすかさず最後の魔法をかけた。

「赤の魔法師よ、レッドドラゴンの体力を回復して!」

ぎりぎりだった。ここで回復しておかなければ、負けていた。

「ウオオオオオオーン」

「行くわよ、とどめのファイアブレス!」

ユカリが叫んだ。回復したレッドドラゴンのファイアブレスが、ブルードラゴンに命中した。

「ギャウオオウオオーン!!」

「やったー!」

ブルードラゴンの最後の雄叫びが響き、大地が揺れ、ブルードラゴンは崩れ落ちた。

「やった、やったぞー!」

横で見ていたユウトが飛び上がった。自分が負けた後に、マイコとユカリがひっくり返してくれたのだ。

「やったわ。ずーっと黙っているのも大変だったんだから」

マイコがひらめき、ユカリが組みたてたこの壁作戦は、ちょっとでも気付かれるとまずいので、マイコには何もしゃべるなとユカリから事前に連絡が入っていたのだ。

「ああ、レッドドラゴンの体力をあと1だけ減らせば私の勝ちだったのに…」

くやしがるユリコ、でも、壁作戦で逆転された後、最後は互角の戦いを演じ、なぜか満足度も高かった。

「ところでマイコさん、メモ用紙に何を描いていたの?」

「ええ?あんまりユリコさんのファッションが決まっていたから、イラスト描いていただけよ」

メモ用紙には、ユリコが驚くほど、自分にそっくりのイラストが描かれていた。おもいがけない才能?ただの居眠り娘ではなかった…。

「ああ、面白かった。でも私もやってみたいな。ねえ、ユリコさん、今度一緒に全軍将棋やってみようよ」

屈託のないマイコ、さっきはしてやられた。ユリコはもう怒る気もなかった。

「いいわよ、マイコちゃん、でも、私、強いから」

「おい、マイコ、俺とユウトも入れろ」

キララがささやいた。そしてそこに、奥さんとミサさんが、あの喫茶の名物料理、アップルパイを持ってきた。植草館長も熱々のティーポットを持ってきた。

「さあ、もうノーサイドだ。勝ち負けは関係ないってことだ。お茶もお菓子もたっぷりあるぞ」

「うわあ、このシナモンの香りがたまらないのよね」

「すごい、ふわふわサクサク、焼き立てであったかい。リンゴもトロトロで最高!」

「パイがあったかいのに、アイスクリームは冷たくて、バニラの香りがたまらない!」

「レモンティーがすっきりしておいしいよう」

遊具勝負は終わり、キラピカは魔法の望遠鏡を正々堂々と使えるようになった。その日の夜、バラ園のコレクタードールハウスでは、たくさんの妖精たちと一緒に星の観察会が行われた。キラピカは瞳を輝かせて星を覗いていた。もう周囲から悪魔の暗躍は消え去った。

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