35 7人の妖精

その日、マイコが学校のトンボ池を見に行くと、向こうからユカリとユウトが走ってきた。

「マイコちゃん、来たよ、トンボが来たんだよ!」

珍しく興奮するユウト、ユカリがスマホを持ったまま駆けつける。

「オスとメスが連なって飛んでね、それから産卵するところまで撮影成功よ」

それがマイコの来る3分ほど前の出来事だと言う。

「くう、あとちょっと早く来れば見れたのに!」

「ほらほら、ちゃんと動画撮れているから安心して」

「あ、本当だ、すごい、すごい」

ユカリの自慢の映像がマイコを感動させる。池の観察や整備をひと通り行って、今日も終了だ。

「じゃあ、いつもの時間に駅で待ち合わせね」

「ええっと、ユカリとユウトさあ、さっきの件だけど…」

実は、ユカリとユウトが、遊具勝負の選手になる件はまだ決まっていなかった。マイコも一生懸命説明したのだが、なんで妖精と小悪魔の戦いに人間が出なくてはいけないのかがわかりにくく、やはり相手が小悪魔の連れてくる人間というところでしり込みしているようだった。

「まあ、とにかくオモチャ博物館に行って、どんなゲームがあるのか見てから決めるよ」

「そうね、あんまり難しそうなゲームだと困るしね…」

そして3人は一度別れた。

マイコは自分の説明がどうも悪くて、二人の説得がうまくいかないことを、家でさっそくチャムチャムに相談した。

「そうね、あの二人はいい子達だし、別に断られたわけでもないんだから、もうひと押しね。そうだ、向こうに着いたら、男爵とウフルンを呼ぶから、二人にも説明してもらいましょう。どうかしら?」

「ありがとう、さすがチャムチャムね」

そしてマイコはまた、チャムチャムをポーチのポケットに入れて出かけた。

そして、駅でユカリとユウトに会う。二人はいつもマイコより先に来ている。

「お、こんにちは。今日もチャムチャムも一緒だね」

「チャムチャムちゃん、かわいいね。今日もよろしくね」

そしてオモチャの植草に行く。もう館長がニコニコして待ち構えている。

「いやあ、よく来てくれた、よく来てくれたよ。さあさあ、今日は休みだけど、うちの奥さんも娘のミサも来てるから、あとで名物パイでも出すからね。さあ、こっちこっち」

植草さんはすっかり上機嫌で三人を案内する、エレベーターを降りて、がらんとした休館日のオモチャ博物館に入っていく。

まず中に入ると、どこからともなく香ばしい匂いがしてきた。

「はは、ちょうど今、アップルパイを焼き始めたところらしい。あとで御馳走するよ」

「わあーい」

最初からハイな気分で中に飛び込んで行く三人。

「あれ、これってオモチャじゃなくて、ロボット掃除機?何台もあるわね」

のっぽのユカリが感心する。広い館内の通路を何台ものロボット掃除機が、カーレースのように走り回っている。実は何台ものロボット掃除機で、手分けして効率よく広い館内を掃除する、特別なシステムなのだと言う。

実は理数系の植草さんは、母校の研究室から学生を借りているだけでなく、ネットショッピングシステムからエアコン、イオンを使った空気清浄システム、地震から貴重なコレクションを守る防災システム、なんと万引きを防ぐ防犯監視カメラシステム、そしてこの広い場所を短時間できれいにする自働掃除システムなど、博物館の運営全般をコンピュータで管理する博物館の総合自働システムを考案し、もういくつかは、売れているらしい。

「それでほら、オモチャのロボットコーナーの奥に、人間と同じ大きさのロボットが2台いるでしょう、あれが今研究中のガードロボ、アカ02とアオ02なんですよ」

おとぎ話に出てくる、赤鬼と青鬼のデザインで子どもにも親しめるデザインだが、超合金のプロテクターもついていて、とてもパワフルで頑丈、脚のタイヤで人間の走るほどの移動速度も可能だ。不審者を認めると、挟み撃ちにして追い詰める、行動プログラムが優秀で、すぐにリアル動画で警察にも通報、音で威嚇し、胸のモニターで警告を発し、トウガラシ弾やペイント弾、頭髪や衣服に着く植物の種をモデルにした発信タグ弾などを発射することもできる。また、決められた台詞や行動をきちんとやりとげる能力もある。

「最近は、人形劇団とコラボして、この間も劇に出演したんですよ。レパートリーは、泣いた赤おにとか、桃太郎とかね」

ガードロボを劇に出すなんて、さすが植草さんだ。

「あ、パパ、じゃなかった館長さん、あとで手が空いたら焼きたてのアップルパイを持って行くからね」

娘のリサさんも、将来ロボット博士を目指すバリバリの理数系だ。どうも館長は娘に尊敬されているパパらしい。

今日も植草館長はカードキーを取り出し、セキュリティの高い奥の小部屋に三人を案内した。今日はもう、花瓶にお花も生けてある。

「ええっと、どうすればいいのかな?」

「はいはい、ここから先は私達にお任せください」

マイコが微笑む。チャムチャムが早速飛び立って、あの六角形のテーブルゲームドールハウスに降り立つ。そしてさっそくチャムチャムチャイムを鳴らす。

「ヒャッホー!ピコピコでーす」

「こんにちは、ウフルンでーす」

「はじめまして、ツェッペリン男爵と申します」

ピコピコは、牙の長いセイウチのコスプレ、ウフルンは博物館という事でちょっとシックなコーディネート、でも一番驚いたのは、男爵のきちんとした名前を初めて聞いたことだった。

まずは、何で急にテーブルゲームドールハウスを直すことになったのか、そのいきさつを男爵が、簡単にわかりやすく説明した。お得意の魔法のレンズのプロジェクターモードで、天文台の魔法の望遠鏡で見てはならぬものを見て、15年間眠りに着いたかわいそうな妖精の話や、遊具の勝負で平和的に治めようと言う事になった話など、紙芝居のように説明した。ウフルンも身振り手振り、いかにそれが大切な事なのかをアピールした。

ユカリもユウトも、今度はよくわかったようだ。なんと植草館長も。

「子どものオモチャで遊びながら決着をつけるなんて、なんと平和的な、理想的な解決法だ!」

と、とても感心し、協力を申し出た。マイコがチャムチャムに言った。

「ありがとう、人選が大成功ね」

すると、いよいよピコピコが進み出た。

「では始めます。一応、引き出しを全部引き出していただけますか?」

植草さんと三人で、引き出しを引き出す。なるほど、ゲーム盤やカードはかなり傷んでいた。

「これで用意は整いました。行きます」

ピコピコは、金のピカピカ光る願い星を取り出すと願いを言った。

「金の願い星よ、テーブルゲームドールハウスを元通りに修復しておくれ!」

「おお、おおお、こりゃまたなんてこった!」

金の願い星からまばゆい光が広がると、テーブルゲームドールハウス全体が輝き始めた。そしてその輝きがおさまった時、引き出しの中身が新品同様に新しくなり、一瞬で元通りに修復された。

「やったあ、大成功!」

「き、奇跡だ。ありがとうマイコちゃん、ありがちとう妖精のみんな!」

それだけではなかった、6人がけのテーブルの上に、新しい妖精が6人、いや7人現れた。みんなゲームのキャラクターの姿をしている。なんとゲームの妖精だった。

眼帯に船長の帽子、銃に短刀の妖精が一番に名のリを上げた。

「ありがとう、俺達が復活した。宝島スゴロクの海賊船長、キャプテンダイスだ」

次は白衣の天才、少年博士が立ち上がった。

「人造人間を造ってみるかい?怪物ブロックの、ドクター・レイムだ」

次は、冒険考古学者の若い活動的な男が叫んだ。

「ハワード教授と呼んでくれ。ボードゲーム、博物館の怪物に挑戦しないか?」

お次は、大柄な古代の大王だ。

「タワーズ大王じゃ。お前も、わしのタワー積み木で巨大な塔を立ててみよ」

次は、高貴な神官の娘が宝石を取り出す。

「神官のラピスです、パワーストーン並べで、運勢を占いませんか」

最後は、気高き女王と勇猛果敢な将軍が進み出る。

「ルビーレッド女王とブルーダイヤ将軍の全軍将棋で、そなたの知力を試すが良い」

ユウトの瞳がみるみる輝いた、とても興味を持ったようだ。

「ゲームは難しいんですか?」

するとキャプテンダイスが言った。

「簡単なタワー積み木やブロックから、運だめしのスゴロクや宝石並べ、作戦の必要なボードゲーム、戦略的な全軍将棋まで、お好きなものが選べます」

するとハワード教授が付け加えた。

「細かいルールやコツがわからなくても、俺達ゲームの妖精が、その場でちゃんと教えるぜ」

さらに、ルビーレッド女王が言った。

「ルールを間違えたり、相手がずるいことをしても大丈夫、古代の魔法ですべて正しく戻されますから」

さらにブルーダイア将軍が、束ねられた紙をこちらに差し出した。

「これが、妖精文字で書かれた、それぞれのゲームのマニュアルです。これがあれば読むだけでルールがわかるぞ」

そのマニュアルは男爵が受け取った。これをもとに作戦を立てるのだそうだ。

「敵チームにも、このマニュアルを渡しておきましょう。お任せください」

ユカリが安心した顔で言った。

「とても親切ね、それなら私も勝てるかもしれない。私、参加してもいいわよ」

ユウトがマイコに言った。

「僕はね、出るからには少しは勝てる見込みがないとマイコちゃんに悪いと思って、すぐに答えなかったんだ。でも今は少し見通しがついてきた」

その時、男爵が言った。

「実はマシュマロン女王からお言葉を預かっています。勝つためのゲームなのか、それとも楽しむためのゲームなのか、と皆さんは迷うでしょう。迷った時の古代の金言です。…ゲームは、一番楽しんだ者が勝ちなのだ…以上です」

その金言が、効果があったのか、ユウトが言った。

「僕も参加します。みんなと楽しくゲームをやりたいです」

ゲーム内容は、一週間ほどで色々試して決める事になった。それで、今日は対決のメンバーと対戦の日取りが決められた。マイコにユカリ、ユウトだ。男爵がうなずいた。

「決定してよかったです。これからさっそく向こうに連絡しておきましょう」

「パパ、お客様にアップルパイをお持ちしたわ」

その時、ドアの外でミサさんの声がした。

「はは、今開けるよ」

ドアを開けると、ミサさんが紅茶と焼きたてのアップルパイを持って入ってきた。

「喫茶部名物のアップルパイです」

なんでも、パイの横に添えてあるのは、ジャージー牛のミルクを使った特別のアイスクリーム。それにたっぷりのシナモンと蜂蜜がついてくる。みんな展示室の高級なテーブルセットで舌鼓を打った。

「え、なにこれ、おいしーい。ホカホカでサクサク、甘酸っぱくてとろりと甘い。シナモンもいい香り!!」

「オモチャもいいけど、パイも最高!」

「よかったわ、好評のようで」

そこまで言いかけて、ミサさんはふいに言った。

「パパが昔、ドールハウスには妖精がいるって言ってたけど、なんか私、今見えたみたい」

妖精達が、さっと身を隠したようだが、どうもミサさんに見えてしまったようだ。7人のゲームの妖精が、テーブルゲームドールハウスの上へニコニコ現れ、チャムチャムが、ウフルンが、男爵が、セイウチのピコピコが、ミサさんの前に羽ばたきながら飛んで出た。

「ええ、すごい、こんなにたくさん…、これってみんな妖精なの?」

「そうか、ミサにも見えたか…」

植草館長は、とてもうれしそうだった。

また近いうちに来て、ゲームをやらせてもらう約束をして、三人は帰った。

次の日、またチャムチャムとおしゃべりしようと呼び出すと、チャムチャムと一緒に男爵が飛び出してきた。

「実はあれから、メンバーや日取りを知らせたら、ルシフェルから向こうのメンバーが送られてきたんだ。すぐに知らせようと思って」

「ええ!もう決まったの?それ私の知ってる人かしら?」

「小悪魔が学校に行って、目をつけた連中らしい。魔法をかけられたのか、本人の意思なのか、定かではないが、こちらの決めた日にオモチャ博物館にやって来るようだ」

「同じ学校って、東小ってことよね…」

マイコの頭の中には、同じクラスの真美ちゃんやカヨちゃん、サッカークラブの男子などの顔が浮かんだ。

だが、読みあげられた名前はまさかのあいつらだった。

「一人目は、マイコちゃんと同じクラスのマサル…」

クラスのお笑い担当だけど、マイコの悪口言い放題のあいつ…。

「二人目は、ユカリと同じクラスのユリコ…」

ええ、あの児童会長のえらそうな女…。

「三人目は、ユウトと同じクラスのキララ…」

あのサッカーエリートで、ユウトにドンクってあだ名をつけた怖い女だ…。

「マイコちゃんの表情からすると、どうも訳ありの連中のようだね、小悪魔達が連れて来たのは…」

「ええ、さすが小悪魔、みんな苦手な子たちです」

そう、チームサイエンスは、とんでもない連中と戦うこととなった。これでゲームを楽しむことができるのだろうか…。

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