34 怪しい影
東小の校庭では、小学生の野球クラブ、イーストジャガーズの朝の練習が終わろうとしている。監督とコーチの前に、子ども達が整列していた。
「じゃあ、みんな、秋季リーグに向けて、暑さに負けずがんばりましょう!終了」
「ありがとうございましたっ!」
あの、クラスのお調子者にしてマイコの天敵、マサルも練習を終えて家に帰って行った。マサルは小柄だがすばしっこく、チームプレイも得意なので、2番ショートで主要選手となっている。仲間と野球の話しをしながら歩きだす、仲間から市民プールに行かないかと誘われるが…。
「あ、残念、今週はちょっと忙しくてさあ、ごめん、ごめん」
そうしきりに謝って、かけだした。そして家に帰ると、パートに出ている母親の用意してくれたおやつを持って、自分の部屋に行き、最近はまっているネットの対戦ゲームを始める。保育園の妹を連れて母親が帰ってくるまでは、この秘密のゲームをやっていても気づかれはしない。不在がちな父親は、大好きな野球を元気にやっていれば文句は言わないのだが、母親は、やれ宿題はやったか、塾に行きなさいとうるさくてかなわない。
成績は凄く悪いというわけではないのだが、今よりかなり頑張らないと褒めてもらえそうにない。今年の誕生日ももうすぐなのだが、新しいゲームは買ってもらえるはずもなく、なんかイライラする。
「よう、マサル、今日も来てくれたな。また、いっちょ暴れまくるかい?!」
ゲーム画面に怪しい黒い影が現れる。
「いやあ、ヒロの教えてくれた攻略法と裏技で、昨日も連勝だよ。あの手に入れたかった激レアアイテムも手に入ったし、今日もよろしくな」
この黒いマントをはおった小悪魔は、ヒロ。この間までスペードの男に付いていたやつだ。ヒロは相手の心の中を読み取ることができる。ネットの中に忍び込み、色々な情報を手に入れて、偶然に知り合ったプレイヤーのようにふるまっていた。
ゲームは1日1時間の、夏休みの約束を破って、長い時間やっていることも多い。マサルは、背が低いとか、成績がいまいちだとか、得意の野球でもいつもナンバー4か5の位置で目立つ活躍はできていない。ところがどうだ、ヒロと知り合ってからは、ネットゲームは連戦連勝、いつもヒーローだ。
しかも、ヒロは仲間で流行っているカードゲームや、パズルゲームの攻略法まで教えてくれるのだ。
「ようし、今日もやったるでえ!」
だがマサルは気が付いていなかった。ヒロの怪しい影がネット画面を抜け出て、ゲーム画面の上に浮きあがってマサルを見ていることを…。
その日、児童会長君島ユリコは、進学塾の個室で個人面接を受けていた。
「ユリコさんがんばったわね。あなたはテニストーナメントの予選も、勝ち進んでいるって言うし、ピアノのレッスンも大変そうなのに、先日の全国模擬テストは、このエリアでは総合点で1位よ」
「ありがとうございます。先生方のおかげです」
「そこでごほうびと言っちゃなんだけど、あなたの夏休みの自由研究の件、いい先生が見つかったわ。これで自由研究もナンバーワンを目指してね。急だけど明日の夕方、ここにもう一度来てもらえるかしら」
「はい、夕方なら問題はないはずです。ぜひうかがわせていただきます」
そしてユリコは、次の日、再び進学塾の個室にいた。やがて時間になるとノックの音がして、塾の先生がモデルのような美しい女性を連れて入ってきた。
「お待たせしましたユリコさん、夏休みの自由研究のためのスペシャル講師、ミッシェル・西岡さんです。イギリスの歴史や文化、紅茶や洋菓子、各種料理やハーブの知識に至るまで、何でも詳しいお方です。もちろん英語も専門書をいくつも出しておられて、少し聞くだけでどの地方のどんな階級の人の英語か分かるそうですよ」
「はじめまして、ミッシェル西岡です。あなたが、成績優秀な君島さんね」
「はじめまして、君島ユリコと申します。私、将来イギリス留学したいと思っていて、夏休みの研究のテーマは、絶対にイギリスの事にしようって思っていたんですけど、なかなかテーマが絞りきれなくって…」
「あなたテニスも凄いそうじゃない。私、ウィンブルドンにも長く滞在していたこともあるのよ。5年生にしては背も高いし、姿勢もいい、すばらしいわ。あなたをさらに賢く、美しくするお手伝いをぜひできたらと思います」
やがて、30分ほど楽しいおしゃべりが続いた。どんな女の子でも興味のある事、どうしたらよいスタイルや姿勢が手に入るのか、美しい肌や髪になれるのか、おいしいお菓子の作り方から、イギリス流のマナー、正しい英会話の学習法まで、話は尽きなかった。
「あなたの小さな願いをかなえるお手伝いができるわ、きっと」
テーマも絞れてきた。
「じゃあ、お肌や健康にいいイギリスのハーブの歴史や作り方の研究をまとめて、仕上げに何種類かのハーブティーを実際に作ってみるということでいいかしら」
「ありがとうございます。きっといい研究になります」
そして、ミッシェル西岡は参考文献となる自分の著作のリストをユリコに渡した。
「ハーブティーの本だとシベール・ミルフィーユの本もあるけど、私はお勧めしないわね。そのリストの12から14までの本をよく読むといいわ」
「へえ、すごい、先生はこんなに本を出されているんですね」
だがそのリストの下の方に、不思議な本があるのをユリコは見つけた。
「あれ、先生この本は?…魔女の薬草学って言う本があるんですけど?」
なんだろう、1冊だけ他と違う本がある。
「あら、その本を忘れていたわ。その本も、きっとあなたの役に立つはずよ。ハーブのことも詳しく書いてあるわ。あ、そうだわ」
そう言ってミッシェル西岡は、トートバッグの中から、真新しい1冊の本を取り出した。
「まだ出たばかりの本でね。ちょうどサイン本が1冊残っていたのよ。よかったら差し上げるわ」
「ええ、サイン本を、いいんですか?」
「もちろんよ。そのかわり、しっかり勉強してね」
「はい」
さらにミッシェル西岡は、紙のしおりをユリコに渡した。
「よかったら、このしおりも使ってね。イギリスみやげよ」
「ありがとうございます。大事に使います」
ユリコは、本を大事に抱えてうれしそうに帰って行った。
本の名前は、そう「魔女の薬草学」そして紙のしおりには、美しいブロンドの女の子の絵が描いてあった。
「かわいいしおりね。あら?!」
しおりを本にはさむ時、ユリコはそのブロンドの女の子がいたずらっぽく笑ったように思えたのだった。
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