15 コレクタードールハハウス

 そして次の水曜日、電話をしていくと、休園日のバラ園の門にミリアが出てきてくれて、マイコはそっと中に入っていった。中ではお父さんや従業員の人達があちこち動き回ってバラの手入れをしていた。

「今は春のバラの季節だから色々と世話が大変で、今日みたいな休園日にまとめて重労働をやっておくのよ」

 なるほど、休園日はいつもよりずっと忙しそうだ。ドールハウスには花を飾る必要があると教えると。

「ああ、この間の花瓶ね、じゃあこの花なんてどうかしら」

 ミリアは黒いエプロンから枝切りばさみを取り出すと、手慣れた手つきで近くのバラを切ってあっという間に用意した。小ぶりの色違いの3本のバラだった。

「じゃあ、行きましょう」

 あの物置は、掃除が終わったばかりでピッカピカ、花瓶に水を入れてバラの花を飾ると部屋全体が輝いて見えた。そしてお婆様に教わった通りに、ドールハウスをきちんと南に向けること、毎回ホウキとチリトリで掃除をかかさないこと、そして生きた花を生けること等を伝え、二人でセッティングを始めた。

「へえ、マイコちゃんちのドールハウスは、お茶会用のドールハウスで10人掛けの大テーブルとか、ティーパーティー用の大きな食器棚や紅茶戸棚、冷蔵庫何かがあるんだ…」

「はい、こちらとはかなり違うようです、そう言えば、妖精の仲間が、ここのドールハウスはコレクタードールハウスって呼んでいたんですけど」

「コレクタードールハウス?どういうことなのかしら…?」

二人でワクワクしながら部屋の掃除をして家具を並べ始める。1つ目の部屋は、ふかふかベッドと洋服ダンス、そして大きなおもちゃ箱があった。

「色もあざやかで、子供部屋と言った雰囲気だった」

2つ目の部屋は何か国籍不明の部屋だった。

藤のソファにエスニックなクッション、アフリカのお面にアジアの木彫りの像まで置いてある。そしてなぜか、壁に全身が映る大きな鏡があるのだ。

3つ目の部屋は床の間のある純和風の部屋、まずは畳をきちんと並べる。

「あれ、なんだこの細かいネットみたいなの?大きいけど…」

ミリアと苦労してく組み立てたそれは蚊帳と言って、寝るときに蚊を近づけない昔の必需品だと言う。

4つ目の部屋は、動物図鑑の並んだ本棚のある机の横に、大きなガラスの水槽があり、その前にアニマル柄のソファがある明るく楽しい部屋だ。

5つ目の部屋は、立派な整理戸棚のあるヨーロッパの音楽家の部屋のようだ。ヴァイオリンやクラリネットが飾ってあり、部屋の中央には、昔のオルガンのような家具がある。

6つ目の部屋は使い勝手のいいキッチンだ。ガス台にレンジ、流しに色々な調理器具、炊飯器やトースターも置いてある。テーブルセットもあって、ここで食事もできる。

「うわあ、なんて楽しいの、いろんな遊びができそう。あれ?これはなんだろう」

「あれ、こんなもの、今まであったかしら?」

ミリアも首をかしげた。6つの部屋のその上、屋上部分に、ドーム屋根の四角い部屋らしきものがあるのだ。中がどうなっているのかはまだわからない、ドアを開けられないのだ。

「あら、子供部屋に誰かいる」

子供部屋のおもちゃ箱の前に、小さな人影のようなものが動いていた。かわいらしい子供の姿をしていて、背中にはモンシロチョウのような小さな羽が付いている。

「ほら、あそこ、見えたわ私、妖精が見えたわ」

ミリアは子どものように喜び、マイコにそう話しかけた。

「本当、かわいい妖精ね、さっそく会いに行きましょう」

マイコは、木の人形を使ってドールハウスに入れるとミリアに説明したが、いまひとつ上手く伝わらないようだった。とりあえず、まずはマイコが木の人形をドールハウスの前に置いてみた。

「え、え、マイコちゃん、どうなったの?」

理屈ではなく、それが魔法だった。椅子に座ってドールハウスを見ていたマイコは、そのまま眠ったように動きが止まり、心は人形へと移っていたのだ。

「じゃあ、ミリアさん、まずは私がいってみるからね」

ミリアは目を丸くした。本物のマイコは眠って動かないのだが、ドールハウスの前にちっちゃなマイコが現れて手を振っているのだ。

階段を上がって子供部屋に昇ってみる。子供部屋にはベッドや机の他におもちゃ箱が置かれて、クマのぬいぐるみや着せ替え人形など、女の子のおもちゃがたくさん入っていた。おもちゃ箱の横には子供の姿をしたかわいい妖精がいて、ちょうど着せ替え人形で遊んでいるところだった。

「あらお客様ね。いらっしゃい」

するとそのかわいい子供部屋の妖精がマイコに話しかけた。

「私はチポチポ。そうだ、ねえ、私のコレクションを見てみない?」

「コレクション?」

ついにコレクタードールハウスの謎が解ける。チポチポから説明を受けたマイコは、ミリアに声をかけた。

「ミリアさーん、下の本棚からコレクションボックスを取ってほしいんですって」

ちっちゃなマイコが自分を呼んでいる。すると本棚の大きな本の1冊が光って見えた。ミリアがそれを引き出すと、今度はパカッと真ん中から開いた。なんとそれは本ではなかった。中は細かく仕切られ、色々なものが集められたコレクションボックスだったのだ。

そう、下の本棚は色々物を集めるのが好きな妖精達のコレクションの棚だった。

個性的な6つの部屋と沢山のコレクションボックス、これがコレクタードールハウスだった。ミリアもマイコに説明を受け、花瓶や掃除道具が入っていた本棚の隣の引き出しから。スリムな木の人形を取り出してドールハウスの前に置いてみた。

「あらら?!」

ミリアは驚いた、いつのまにか妖精と変わらぬ大きさになり、目の前には貴重なコレクションが並んでいた。そう、人形に心が乗り移ったのだ。

「チポチポのちっぽけコレクションを見てね」

捨てるに捨てられないようなちっぽけなものを、色々集めるのが好きだと言うチポチポ、忘れられ、捨てられてしまったちっぽけなものを、ちっぽけな物語を集めたのだと言う。

ちっちゃくなったマイコとミリアは、チポチポに案内されてコレクションボックスをのぞきこんだ。

「じゃあ1つ目ね。ある男の子がね、河原に遠足に行った時、好きな女の子に贈ろうと、たまたま拾ったハート型の小石を持って帰ったんだけど、結局渡せないで忘れ去られてしまったの…、それをもらってコレクションにしたのよ」

なるほど、自分も一時とても好きで集めていたものが、そのうち忘れてなくなってしまったことが何度もある。そうか、そんなものは妖精が持っていってしまったのかもしれない。コレクションボックスの端っこには、見事にハート型のかわいい小石が収められていた。そしてチポチポのちっぽけコレクションの説明が始まった。

遠足の時拾ったハート形の小石、好きな子には渡せずじまい。

砂浜で朝拾ったサクラ貝の貝殻。

小さい頃お祭りの夜店で買った、プラスチックの指輪。

お父さんの道具箱からもらって、ピカピカの指輪にしたナット。

親戚のお姉さんがくれた、フランスの小さな香水瓶。

使い終わって水鉄砲遊びをした、お弁当の魚の醤油入れ。

小さな水筒と言って、水を入れて自慢したお弁当の水筒型のソース入れ。

着せ替え人形のハイヒール靴(片ッポ)。

たい焼きの消しゴムと交換したスイカの消しゴム。

きれいにのばしてたたんだ、チョコの銀紙とアメの包み紙。

山道で1番きれいだった真っ赤な楓の落ち葉。

使い残した4色のバースデーケーキのろうそく。

雑貨店で見つけた外国製の金属の洗濯バサミ。

引き出しで見つけたコートの大きなボタン。

春のピクニックで摘んだスミレの押し花。

シャンパンの香りが少し残るコルク栓。

先生に教えてもらったカントウタンポポの綿毛。

外国のお菓子の包装紙の切れはし。

針金人形にしたシャンパンの栓の針金。

つないでネックレスにしたカラーゼムクリップ。

クリスマスのプレゼントの箱のリボン。

遠足のお昼にみんなで見つけた四つ葉のクローバー。

校庭で集めた砂鉄の小袋とカラーのマグネット。

お弁当のウインナーと唐揚げに刺してあった3色のピック。

犬が逃げて、首輪とクサリだけになったキーホルダー。

金ぴかビーズ、キラキラシール。

バレンタインで食べた外国のチョコの金の空箱。

火種が落ちた後の線香花火。

色模様の入ったビー玉、キラキラビー玉。

お気に入りだったフレンチブルの子犬のクリップ磁石。

何かいくら見ても飽きない気がした。自分の物でもないのに、色々な思い出がよみがえってくるようだ。

「喜んで見てくれて、チポチポ、うれしかったな、またね」

その日はそれで終わった。マイコはしばらく水曜日の午後に遊びに来る約束をミリアとして、ニコニコして帰って行った。

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