30 挑戦状

その日、家に帰ってくると、ママは掃除が終わってひと段落、落ち着いて紅茶を飲んでいるところだった。

「あら、予定どおりね。ちゃんと帰って来てくれてよかったわ」

ママはもうすぐ帰って来るパパからのメールを読んでいたようで、何かそわそわしていた。

「ママの勤めている市の図書館も、夏休み自由研究コーナーとか、読書感想文コーナーとかできてね、今結構忙しいのよ。でもお掃除も、パパの好きな食べ物も色々用意しなくちゃいけないから、今日もがんばったの。あ、そうだアランのクリームプリン買って来たけど食べる?」

「食べる、食べる!」

おいしいプリンと紅茶を味わったマイコは、すぐに子ども部屋に行き、今度はティールームドールハウスを開けたのだった。

「あら、おいしそうな紅茶の匂いがする。あと、この甘い匂いはプリンかしら」

「ええ、チャムチャム、鼻がいい。バレちゃったわ」

さっそくチャムチャムが出てきてくれたが、今日はどうも様子が違う。

「今日はお茶会の日じゃないけど、みんな心配で顔を出してもいいかと言っているんだけど」

マイコがうなずくと、チャムチャムはあのハンドベルのようなチャムチャムチャイムを鳴らした。すると暖炉が輝き、次々と中から妖精が飛び出してきた。

すぐに10人がけの大テーブルが埋まって行く。いつものお茶会のメンバーが、神妙な顔で並んでいる。

「あの、女王様、一応お茶を用意しますか?」

「ありがとうチャムチャムさん。報告が終わってからいただきますわ。ではマイコさん、さっそくお願いします」

マイコは立ち上がり、今見てきたキラピカの話を始めた。

キラピカが銀の願い星、金の願い星をためて天文台と魔法の望遠鏡を手に入れたこと、精霊界の夜空を映したら悪魔の騎馬隊が映っていたこと。妖精王に知らせて事件を未然に防いだこと、誰が妖精王に知らせたのかと悪魔達が探し始めたこと。命を狙われたキラピカは身を隠し、15年も寝ていたこと…。

「…と、言うわけで、悪魔達が狙っているのはキラピカの望遠鏡のようなのです」

「なるほど、そう言う事だったんですね…」

女王が大きくうなずいたその時だった。急に男爵が立ち上がった。

手には魔法のレンズを、今度は虫めがねのように持っている。

「ところでマイコさん、今日、何かおかしな出来事がありませんでしたか?」

「ええっと、…特になかったです」

マイコがそっけなく言うと、男爵はポエポエに魔法の鏡を用意させ、自分も魔法のレンズを虫めがねのように覗きながらもう一度問いかけた。

「よく思い出してください、そうですね、おかしな夢を見たとか、そんなことでもいいですよ」

そう言われてマイコはもう一度考えたが、突然思い出した。

「あ、そう言えば、変な夢を見たわ…確か…」

マイコはママとミリアのカフェに行き、早めの夕食を食べた時の不思議な体験を話した。

「そうなの…、ミリアさんもママもいなくなったときに、私のすぐ隣でカレーをたべていたかっこいい男の人がいて…」

その時の、立ち上がってお金や伝票を置いた時の映像が今も鮮やかに浮かんでくる。

「はい、ポエポエさん、今です」

ポエポエの魔法の鏡が光った。すると確かに若い気品のある男の人が映っていた。

「これは夢ではないですね、実際にあったことです」

「え、夢じゃなかったの?でも食器も伝票もお金も何も残っていなかったし…」

すると男爵は少し難しい顔をして話し始めた。

「実は先ほどこのお茶会の席に着いた時から、マイコさんの体に、不思議な波動がまとわりついていたのに気がついたわけです。そしてその波動は、私がウフルンさんと調べに入ったレストランの個室のものととてもよく似ていた」

女王が驚いた。

「そんな、まさか?!」

男爵は魔法の鏡に映った美しい青年を見て、はっきり言った。

「やつは時空の狭間からマイコさんに大胆にも何かの目的を持って近づいてきた。そうですね、マイコさんから何かを聞きだそうとしていませんでしたか?」

「そういえば、このバラ園に何をしに来たかとか、素晴らしいものがあったら紹介してくださいとか…」

そうすると男爵と女王はうなずきあった。男爵が言った。

「実はドールハウスの周りは妖精の魔法や幸せのオーラによって悪魔から守られているのです。それを無理やり破ろうとすれば、大騒ぎになって、妖精王や守護天使も黙ってはいない。でももし、マイコさんが、ドールハウスだとかキラピカの名前を教えてしまっていたら、やつはそこから人知れず忍び込んでくるのです」

「え、名前だけで?」

「ええ、名前だけです。やつはそんな高度な魔法を普通に使うのです。そう、やつの名は、…堕天使ルシフェル…」

堕天使ルシフェル…、小さな妖精達がみな震え上がった。だがその時、それとは別に騒ぎ出した者がいた。

「ちょっと、ちょっと、すみません、男爵!」

ポエポエが急に大きな声を出したのだ。みなの視線が集まる。

「魔法の鏡に映ったさっきの映像ですが、テーブルに置いた白い紙が光り出したんです!」

白い紙?お金と一緒に置いて帰った伝票か?なぜ、そんなものが?

男爵が虫眼鏡を見ながら言った。

「やつは、ルシフェルは、マイコさんが名前を言わなかったので、心の中にメッセージを書いた紙を残したんだ」

すると、魔法の鏡の中にあった伝票の白い紙が、バチバチと火花を発しながら大きくなって画面から飛び出してきた。

「なんだ、なんなんだ!!」

おびえる妖精たち。すると、画面から飛び出した白い紙から何か浮かび上がった。それは気品があり、知性的で美しい青年の顔だ。どこか悲しげな陰のある瞳が印象的だった。

「お騒がせして済まない、ルシフェルと申す。妖精の諸君、いい人間を仲間にしたね。彼女は私の魔法にかかりながらも、結局、秘密を何も洩らさなかった。でも私たちも魔法の望遠鏡がある限り、枕を高くして眠れないのだ。そこで提案する、古代の神の取り決めに従い、遊具の勝負を申し入れる…。対戦人数は3対3、何の遊具を使うかはそちらに任せる。もしこちらが勝てば、魔法の望遠鏡をこちらに引き渡してもらおう。もしそちらが勝てばもう二度と望遠鏡には手を出さないと約束する。ああ、もちろんすぐに答えろと言う事ではない。土曜日までに決めてもらえば結構だ。そうだね、次の土曜日の夜に私が答えを受け取りに来よう。ではご検討をよろしく」

そして、ルシフェルの顔も白い紙も消えて行った。

突然の堕天使のメッセージ、しかも遊具の勝負だという。急な展開にみな困惑顔だ。

「ううむ、遊具の勝負を申し入れてくるとは…」

「ルシフェルは何を狙っているのか?」

男爵と女王はなぜか黙ってしまった。遊具の勝負とはいったいどんな勝負なのか?!

「男爵、遊具の勝負ってなんですか?」

マイコが素朴に訊くと、男爵は答えた。

「もともと、仲たがいしている者同士をオモチャやゲームで遊ばせて、仲良くさせ、争いをなくすための勝負なのです。まあ、子どもが遊ぶのだから、どっちが勝ってもうらみっこなしというわけです。

「え、それっていいことじゃない。楽しそうだし。私はいいと思うけど」

マイコはそう言ったが、男爵は色々考えているようだ。

「逆にいえば、正式に遊具の勝負を申し込まれれば、よほどのことがない限り断る事は出来ないのだよ」

「あのかしこいルシフェルのことです。ただ魔法の望遠鏡を置いて帰るはずはない、きっと何か企んでいるのだと思います」

マイコがまた訊いた。

「ええっと、男爵、オモチャで勝負をするのは誰なのですか?」

「それは遊具、オモチャやゲームをすることのできる人間の子ども、例えばマイコさんという事になります。でも3人対戦ですから…」

みんなあまり気乗りしないだろうと思っていたが、マイコはいつもの度胸のあるところを見せた。

「私、やってもいいよ。それを3人そろえるわけね。じゃあ、ユカリとユウトがいいかな?!」

なぜかマイコは、気が進まない男爵たちと違い前向きだ。

「でも、私達の敵は?」

「やはり、人間の子どもです。小悪魔が、誰か子どもを3人連れてくることになるでしょう」

乗り気のマイコはどんどん質問していく。

「ふうん、じゃあ、何のオモチャやゲームで遊ぶの?」

「勝ち負けが決まる遊びなら何でもいいのです。こちらが決めていいと」

「じゃあ、ボードゲームとか、スゴロクとか、トランプとか…」

するとそこであのウフルンが何かを思いついた。

「ちょっと待って、わかった、子ども達を連れてくる小悪魔達だって簡単な魔法は使える。ちょこちょこっと魔法でサイコロの目を変えたり、トランプのカードを教えたりするんじゃない?」

「あ、そうか、きっとそうかも?」

まあそんなせこいことはすぐばれそうだが、可能性はある。

すると女王が何かを思い出した。

「ティールームドールハウスとコレクタードールハウスの他に、もうひとつあったテーブルゲームドールハウスは確か、ずるいことができない魔法がかけてありましたよね。あれは使えないのですか?」

すると男爵はため息をついた。

「テーブルゲームドールハウスは、遊ばれ過ぎて痛みがひどく、オモチャ博物館で修理中ですが、足りない部品が多かったり、カードが痛んだりして、簡単にはなおりそうもありません。まあ金の願い星を出さないとなおらないくらいの痛み方ですね」

ところがそんな男爵の言葉に異常に反応した妖精がいた。

「わかりました、わかりました、僕が出します。金の願い星を出します!!」

「えっ!」

みんながひとりに注目した。それは誰かと言えば、動物コスプレのピコピコであった。

「僕の動物しりとりは、ついに55までできたんですよ。今度の土曜まで待ってくれれば必ず100まで完成させますから!それでテーブルゲームドールハウスを修復してください。返事をするのはそれからでもいいじゃないですか?!」

「え、えええっ!」

何を言い出すんだこの妖精は。ちなみに今日は白いヒョウにコスプレしている。ユキヒョウだそうだ。暑くなってきたので見ている人に涼を与えたいそうだが、本人はちょっと暑そうだ。

「あれ、みんなは僕がどうせ100できないと思ってるでしょ」

みんな首をぶるぶると横に降る。

「いいや、そんなことは…」

「きっとできる、できるよ!」

すると女王がピコピコを見ながら言った。

「わかりました、ピコピコさんはぜひ間に合わせてください。期待しています。あとは男爵が中心になって、作戦をまとめてください」

「わかりました、みんなから意見を聞いて土曜日までに作戦をまとめましょう」

「私も作戦をまとめるのにお手伝いします」

名乗り出たのはウフルンだった。男爵が続けた。

「あとは誰かにオモチャ博物館に行って、一度テーブルゲームドールハウスの様子を見てもらう必要があるかと…」

もちろんマイコが手を上げた。

「はーい、私が偵察に行ってきます」

するとチャムチャムが珍しく手を上げた。

「じゃあ、私も一緒に行ってお手伝いします」

すると男爵もうなずいた。

「そうか、チャムチャムチャイムでいざとなれば仲間を呼び出せるから、チャムチャムが行ってくれれば役に立つかもしれない、ぜひ頼もう」

さあ、なんだかすごいことになってきた。みんなで手分けして作戦に取り組むのだ。

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