5 恋愛への考え方

「良いところね」

 チェックインを済ませ廊下から中庭を眺める。

 全体的に和を重んじる、K学生御用達のクヌギ旅館。セレブ御用達のところでもあるが、ここの経営者はK学園を贔屓にしておりK学生であれば割引を受けられるのも嬉しいところだ。

 

「そうだな」

 奏斗の腕に手をかけながら、愛美は庭を眺める彼を見上げていた。

 何を考えているのだろう。

 これから裏切ることになる恋人のことだろうか?

 自分がしようとしていることが正しくないことは分かっていても、この旅行で一線終えてしまえば……という想いは変わらない。

 だが、それが彼の心を蝕むとは思わずいた。

「荷物置いたら、何か食べに行く?」

「うん」

 彼の提案に素直に頷く。

 高校時代は他愛無い話をしていたように思う。その中で印象的だったのは、彼の恋愛に対しての考え方だった。


『思想っていうのは、育ちや環境、性格で決まっていくものだと思うんだ。いろんな体験が価値観に影響を及ぼす』

『ええ、そうね』

『今の日本では自由恋愛は認められているけれど、出会いは減ったような気もする。年長者が大学を奨めるのは学歴だけではなく、広く出会いがあるからだとも思う』

 中学までは学区があり、狭い世界での出会いしかない。

 高等部になれば少し遠方からの出会いもあるだろう。

 だが大学は違う。全国から人が集まってくる。そこでの出会いはその後の人生に影響を及ぼす。良い先輩たちと出会えば、良い影響を受けることになるだろう。今まで周りと合わないと思っていた人にも、もしかしたら価値観の合う人との出会いが訪れるかもしれない。


『奏斗にとって恋愛で一番大切なことは何?』

『価値観の相違かな。話が合う人と一緒にいる方が楽しいしね』

『奏斗はモテるって同じ学校の人に聞いたけれど……そういう人たくさん居るんじゃないの? 周りに』

 愛美の言葉に彼は苦笑いをした。

『どうかな。良く知らない人に好きと言われても嬉しくないし。その時点で価値観が違うって思ってしまうんだよな』


 話してみなければわからない。

 本当にそうなのだろうか?

 現代ではインターネットが普及していて、SNSをやっている人は多い。もちろんブログなどを書いている人もいるだろうし、呟く程度に思想を発信している人もいるだろう。

 話をしなくても、そういうものから相手の思想は垣間見ることが出来るはずだ。それでも容姿のみで好感を得ることは少なくない。


 人にとって視覚とはとても大切なもの。

 だから偏見はいけないことだと分かっていても。

 差別はダメだと分かっていても、容姿で他人を判断するものだ。

 容姿はある程度人格を表してもいるだろう。全く身なりに気を遣わない人は、敬遠される。


『見た目はすべてじゃないからね』

『そうね』

 愛美は美少女と言われてきた。自分ではそんなことは思っていないが、少なくともスタイルには気を遣っている。

 だが容姿が整っていて良いことばかりではなかった。

 あらぬ誤解を受け嫌がらせをされることも少なくはない。

『俺は愛美のしっかりと自分の考えや意見を持っていて、それをきちんと相手に伝えることのできる姿勢が素敵だなと思う』

 人はもめ事を避ける生き物だ。

 しかし曖昧にしておいてもトラブルが起きる面倒な生き物でもある。


『いろいろとトラブルに巻き込まれてきたから、段々とこうなったのよ。以前は大人しかったんだから』

 愛美がやれやれというように肩をすくめると、奏斗が笑う。

 あの頃は誰よりも分かり合える関係だと思っていた。その関係が変わってしまうなんて思わずにいたのだ。

 ずっと一緒にいようねと約束したのに、違う道を歩き始めている。彼の心は別なところを見ているのだ。


──奏斗だから一緒にいたいと思ったの。


「奏斗はここ来たことがあるの?」

「うん、卒業旅行にね」

 学校の? と聞こうとしてやめる。確かにこの辺は観光地ではあるが、卒業旅行で来るようなとこではない。おそらく友人と来たのだろうと思った。

「何が食べたい?」

 こうしていると恋人同士に見えるのに。

 そんなことを思いながら、

「何かお奨めのお店はあるの?」

と首を傾げ彼を見上げたのだった。

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