2 覚悟のない再会

奏斗

1 揺れる心

 元カノである愛美への気持ちは終わったものだと思っていた。

 事実、彼女と別れたのち新しい恋をしたのだから。

 上手くいっていたとは言い難いが、それでも幸せを感じていたはず。


 相手がもう一人の恋人と同棲を始めなければ、自分は過去を振り返ったりしなかっただろう。その恋人とは複雑な関係にあった。

 同じK学園の生徒であり、高等部になり三年になってから初めて話した相手でもある。彼……、そうその恋人は同性。彼は思惑があり自分に近づいて来たのだ。

 それがいつの間にか恋に変わっていた。


「なあ、大川」

 奏斗は手を掴んだままの大川結奈の方に視線を向けて。

「うん?」

 彼女の第一印象は”頭の悪そうなヤツ”。

 しかし今はその印象が変わりつつある。”面白いヤツ”に。


 女性が苦手なのは何も、フッた女子生徒にあることないこと噂をバラまかれ、酷い目にあったからという理由のせいだけではない。

 その同性の恋人は義理の姉から性的なことを強制されていた。

 そこから救おうとしたのが、その恋人の好きな相手。自分たちは特殊な関係にあり、三人恋愛をしていたのである。

 

 奏斗は、恋人が想いを寄せる相手が義姉と形だけでも付き合っているのは、彼にとって不安なだけなのではないかと思った。

 そして自分が代わりに彼女の相手をすることにしたのだ。


 好きでもない相手と付き合うのは、奏斗にはハードルが高すぎた。すっかり気が滅入ってしまい、恋人が同棲をすると聞いた時、自分は恋愛からしばらく遠ざかりたいと願ったのである。


「頼みがあるんだが……」

 それなのに、自分は目の前の辛いことから逃げたくて、出逢って間もない結奈に飛んでもないことを頼もうとしている。


──まだ愛美のことが好きか? と聞かれると、明確に回答することはできない。

 けれど愛美は自分にとって特別な存在で、その思い出は心の支えなんだ。

 未練があるなんて思われて、気持ちが悪いと思われたら辛い。


「頼み? わたしにできることなら」

「今だけ、恋人のフリしてくれね?」

 奏斗は必死だった。

 手の震えは、掴んだ手から伝わっているかもしれない。

 自分は怖いのだ。愛美から軽蔑されるのが。


「え?!」

 たっぷり五秒はあったろうか? 

 彼女は何を言われているのか理解しようとしていたように見える。

「元カノがいるんだ」

 協力してもらうには事情を話した方が良いと感じた奏斗は、素直に現状を話すことにした。もしかしたら、この先も協力してもらうことになるかもしれない。


「今から入ろうとしているデパートの入り口に」

「フリーで会うと不味いってこと?」

 そうとしか解釈のしようがなかった。突然恋人のふりをしてくれという理由は。

「厳密には、未練があると思われると困る」

「え、ちょ……ちょっと待ってよ、白石くん」

 彼女の理解が追い付かないのか、頭を抱えている。


「もしかして、”噂の彼女”?」

と聞かれ、

「もしかしなくても、その彼女だ。元だけど」

と答えれば、

「白石くんが非行に走った原因の?」

と更に問われる。

「非行に走った覚えはないぞ?」

「あ、女遊びに走った原因の」

 混乱していた結奈は、なんとか状況を呑み込んだようだ。

「それは誤解だ」


──俺は一体、どんな奴だと思われているんだ?


 奏斗は苦笑いをしつつ、

「で、頼まれてくれるのか?」

と問う。

「うん。いいけれど、わたし付き合ったこととかないから、どんな風に振舞えば良いのか分からないよ?」

 見た目から遊んでそうというイメージを持っていた奏斗は、”そういえばコイツ、ボッチだったしな”などと失礼なことを思った。


「とりあえず、下の名前で呼べばいいんじゃないか?」

と再び彼女の手を掴むと歩き出す、奏斗。

「OK!」

「Googleかよ……」

 冗談を言いながら。

 しかし実のところ、戦場にでも向かうような気分になっていたのだった。

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