2 忘れられない人

 彼とは喧嘩別れ。

 売り言葉に買い言葉で彼を怒らせた。


 冷静になって謝ろうとしたら着信拒否をされていて、もう手遅れなのだと気づく。名前も学校も家も教えてなかった。

 彼の通う高校は知っていたけれど、待ち伏せする勇気なんてない。

 彼はK学園大学付属高校の生徒。ほぼエスカレーターのようなものだが、学科試験はあるらしい。

 だが彼がK学園大学部に行くことは分かってる。彼にもう一度会いたくて、自分はこの大学に進学を決めたのだ。


──馬鹿だよね、わたし。

 フラれちゃったんだから、新しい恋人がいても不思議じゃないのに。


 それでも信じたかったのは、彼に関する良くない噂を聞いたから。それは、彼女と別れてから”女をとっかえひっかえしている遊び人”という噂だった。


──彼が、そんなことするわけない。


 もちろん火のない所に煙は立たぬというから、遊び歩いているのは本当なのだろう。

 しかし彼が女の子と身体だけの関係になると言うのは信じがたい。

 恋人にすら、何もしなかったのだから。


 それは、恋人だから大切にしていたというかも知れない。でも彼は、性交のリスクを何よりも考えていた人なのだ。

 そのことは自分が何よりも知っている。

 こと、男女に関して彼はシビアだった。


───彼女、できちゃったのかな……。


 だとしたら、自分の入る隙は何処にもない。

 彼はよそ見しない人だったから。


『愛美』

 差し出される手を握ると、彼はいつも嬉しそうで。

『いつか、苗字くらいは教えてくれる?』

 信頼を得ようといつでも慎重で。


 一緒に居た女の子のことを思い出す。

 明るい髪色に長めのウエーブ掛かった、お洒落な印象の子。服装はとても女の子というよな感じで、彼とお似合いだった。


───髪くらい、少し染めようかな。


 愛美は利久たちと一緒に来たデパートで、髪を染める染料を購入する。

「すっかり、暗くなっちゃったね」

 日が落ちるのは思ったより早かった。

 特設コーナーで買いものをする利久と一緒に、お手洗いに行った海斗を待つ。


「帰り車で送るから夕飯食べて帰ろうって、海斗が。いいよね?」

 彼の言葉に愛美は頷いた。

 初めて一緒に遊んだ日、時間はだいぶ早かったが彼らに送って貰ったのだ。

 その時二人は愛美の両親に会っている。母は彼らのことをとても信頼していて、送ってもらえるなら少しくらい遅くてもいいと許可をくれた。

 しかしそんな時いつだって、先に連絡をして置いてくれるのは利久だ。

 何度か遊んでいるうちに二人の後輩の”瀬戸遥せとはるか”という、一級年下の男の子とも仲良くなった。


 それは愛美が特設コーナーの商品を眺めている時に起きる。

 何気なくデパートの外を見ると、よく見知った人が女の子と一緒にこちらに向かって歩いてくるところだった。

「奏斗……」

 愛美は無意識に、彼の名前を呟いてしまっていたのだった。

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