2 思い違い
即席の恋人同士。それが彼女に通用するかなんてわからない。
──とは言え……。
今更、俺のことなんて忘れているかもしれないし、どうでもいいかもしれない。
一般的に、女性の恋愛は上書きという。
男性の場合は名前をつけてファイル保存。
つまり、引きづっているのは自分だけの可能性は大なのだ。
そんなことを考えながら、ドキドキしつつ彼女を脇をすり抜けようとすると、
「奏斗くん」
と
結奈にはどの人が元カノなのかまでは話していなかった為、余計に驚く。それが彼女の機転なのか、偶然なのか判断し兼ねた。
「どっち先に行く?」
「あ、ああ……」
プリンか飯かということなのだろう。
恐らくこれは、誰に向けてというピンポンイントなものではなく、仲良さそうな演出なのだと奏斗は受け取った。
結奈に何か返答をしようとしたところで視線を感じ、奏斗は立ち止まる。
──……ッ!
視線を感じた方に目を向けると、愛美がこちらを何か言いたげな表情で見つめていた。
愁いを帯びた表情。あの頃と変わらない可憐な姿。
どうして人はこんなにも記憶を鮮明に呼び起こすことが出来るのだろうか、と奏斗は自分自身を呪った。
こんなことで、彼女が自分にとってどれほど特別なのか思い知らされるとは思っても見なかった。出来ることなら、今すぐ駆けて行ってあの時のことを謝りたいと思う。そして許されることなら、やり直したいとさえ。
だがそれが叶わないことは、自分が一番よく知っているのだ。
自分はあの頃のままではない。いずれ戻る場所がある。
そして彼女にもきっと恋人がいるのだ。
「奏斗くん?」
結奈に声をかけられ、奏斗は我に返る。
愛美を連れ去ってしまいたいと思った自分を、恥ずかしいと感じた。
「ごめん、ボーっとしてた。飯食いに行こう」
「うん」
結奈がチラッと奏斗の見ていた方へ視線を向ける。恐らくそちらに彼女がいるのだろうと、予測をつけてのことだ。
奏斗は彼女の手を取ると歩き出す。愛美がじっとこちらを見ていることは分かっていたが、恋人のふりをしてくれと頼んだのは自分。
愛美に、自分は過去を引きずってはいないと印象付けるチャンスでもある。
──きっと、これでいいんだ。
あの時のことを謝ってどうするつもりだったんだよ、自分は。
奏斗はこのことが逆に、自分に愛美を引き付けるきっかけになるとは思っていなかった。
上階へ向かうエスカレーターのところまでたどり着くと、
「ねえ、もしかしてあの黒髪ロングのかわいい子? 元カノさんって」
と結奈に相手を言い当てられ、奏斗はむせる。
「なんで分かったんだよ」
「あの子、構内で見たことあるから」
と、結奈。
「ほら、可愛いし……いつも理事長の息子? って人たちと一緒に居るから目立つんだよね」
「理事長の息子?」
──K学園って確か、大崎の叔父が……理事長だったっけ?
いや、親戚か?
K学園で有名な二大セレブの片割れが大崎という。二人兄弟で、兄の方が奏斗と同級生であった。高等部の時に話すようになり、以来たまに一緒に食事に行く仲である。
「ん? 今、たちって言ったか?」
息子というからには、男子生徒であろう。
あの時、愛美が一緒にいた人物がその生徒の可能性は高いが、確か同級生の大崎の話しでは”従弟が何かと俺に突っかかってくる。普段無口で愛想が悪いが”と言うことらしい。
自分が見た相手は、栗色の髪をしたとても表情豊かな男子生徒。同一人物とは考えにくい。”人たち”と複数を指しているなら、なおさらだ。
「うん。確か……栗色の……」
そこから先の言葉は奏斗の耳には入ってこなかった。
──もしかしたら、自分は思い違いをしているのかもしれない。
奏斗は一階の方を振り返る。
させなくていい誤解をさせてしまった可能性を考えながら。
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