3 愛美への想い

「いろいろと付き合って貰って悪かったな」

「ううん。楽しかったし」

 だいぶ遅くなってしまった為、奏斗は結菜を家の近くまで送り届けた。

 家の前まえまででなかったことは少し心配だが、ちゃんと街灯のついた住宅街であり家族と暮らしているというのでそのまま別れる。


 来た道を駅の方へ引き返しながら、胸ポケットからスマホを取り出して画面を見ると数件のメッセージ。

 K学園高等部からの付き合いである大崎と妹からメッセージが届いていた。

 大崎の方は、写真が二枚と簡潔なメッセージ。

 奏斗が問い合わせしていたものだ。


 学園の方の名簿で探そうとも思ったがフルネームを知らなかった為、”理事長の息子”である人物の親戚にあたる彼に聞いた方が早いと感じたから。


 大崎海斗、理事長の息子であり”姫川利久”という恋人がいるらしい。

 その二人の写真が添付されていた。

 

──愛美と一緒に居たのは、この片割れ。


 やはり自分は何か勘違いしていたことに気づく。

 彼女が先日一緒に居たのは、恐らく理事長の息子の方。

 愛美が男性が苦手だったことを思い出し、その理由が自分に対し恋愛感情を抱くからであることも同時に思い出した。


 愛美は自分ではわかってはいなかったが、美少女と言って過言ではない。

 よく同級生の女子や先輩から嫌がらせを受けたとも言っていた。

 今では他人事とも思えない境遇。

 自分はたまたま、K学園のセレブの一人であり当時の風紀委員長だった”大崎圭一”の存在に救われたに他ならない。

 でなければ、卒業まで地獄のような日々を送っていたと思う。


 愛美とデパートで目があった時のことを思い出す。

 今更どうなることも出来ないはずなのに、彼女に触れたいと願う自分がいた。


「どうかしてるよな……」

 呟くように零し、妹からのメッセージを開ける。

 それはプリンの催促であった。

 妹は自分に対しかなりぞんざいな扱いをしていると感じるが、周りから見ると”お兄ちゃん大好き”が伝わってくると言われたことを思い出す。

 アホな妹だが、可愛いと思っているのは事実。

 

 駅に辿り着くと、奏斗はスマホを改札にあて構内へ。

 運転免許は持ってはいるが、家が駅から近いため徒歩で大学まで通っていた。電光掲示板で、電車の来る時刻を確認しホームへ降りる。

 ふと自動販売機に目を向ければ、妹の好きな黒猫シリーズとコラボした清涼飲料水が売られていた。

「保冷剤代わりに買っていくか」

 自動販売機横の椅子にプリンの入った紙袋を置くと、スマホを販売機に向ける。


『ねえ、奏斗』

 あの日の幻聴が聞こえる。

『春休みは何処に行く?』

『海に行こうか、電車でさ』

『車じゃなくて?』

と愛美。

『人目がある方が安心だろ?』

『もう、子供じゃないんだけどな』


 愛美を愛してたと思う。

 まだ年齢的に子供と変わらないと言われてしまえばそれまでだろう。

 けれど、自分なりの精一杯で愛美のことだけを想ってた。


 ──手を繋ぐだけで良かった。

 そこに居てくれれば、それでよかったのに。


 自販機の取り出し口に手を差し入れ、ペットボトルを取り出すとじっと見つめる。きっと結菜を新しい恋人だと思ったに違いない。

 終わったことなのに、自分はいまだに前に進めていないのだ。


──終われないのは、あんな中途半端な別れ方をしたせい。

 あんなにじっと見つめられたのだ。

 自分のことを忘れたとは思えない。

 だからと言って、どうするというのだ。

 謝るのはきっと自己満足なだけ。

 ならば彼女の恨み言を聞けばいいのだろうか?


 愛美のことばかり考えて、前に進めないのだと告げれば彼女は困るだけ。振ったのは自分の方なのに。

 嫌われるのを覚悟するしかないのだろうか?


 列車がホームへ侵入してくるとのアナウンスを受け、奏斗はペットボトルをプリンの入った紙袋へ投下する。重みで少しへこんだ白いボール紙。

 まるで自分の心のように思えて、泣きたい気持ちになったのだった。

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