5 彼の自尊心
「またこんなお高そうなところに……」
コインパーキングで車を止め、裏路地を入っていく。
ついた先にアンティークな外観のお洒落な洋食店。赤レンガに這う蔦。中は板張りの様だ。
「いいだろ、払うの俺なんだし」
「そういう問題ではないのですよ!」
繋いでいない方の手をぎゅっと握りしめる、結菜。
「普通の素朴な大学生らしい場所で、ですね」
抗議を続けていた結菜は奏斗を見上げ、そこで言葉を切った。
店を見つめていた彼が例の切なげな微笑みを浮かべ、こちらを見たから。
「結菜の言いたいことはわかるけど、俺も男だから彼女をお洒落な店に連れていきたい、喜んで欲しいって気持ちがあるんだよ」
”理解してよ”と彼。
「それに、K学の生徒の時点で”素朴な大学生”じゃないから」
一般の外部生のフリをしている結菜でも、その意味合いはわかる。
K学園は金持ちの子息子女の集まるマンモス校。付属の幼稚園から通っている生徒を俗に内部生と呼んでいる。
それ以外の時期から入学した者は外部生。
内部生は明らかにお金持ちと言うものだ。だが、この学園の特徴はそこにあるわけではない。補助制度が手厚い点にある。つまり学費に困っていても入れるということだ。
この学園の創始者の想いは社会の格差を少しでもなくこと。
その為にはそれなりの教育と学びが必要だと考えている。
だが問題点があるのも否めない。
内部生は幼いころから教育が行き届いているが、反対に外部生は後期になるほど”品の無い者”が紛れ込むのが事実。大学部はそれが顕著。
本来なら『奏斗の悪い噂』など広がるはずはない。
多様性を尊重し、協力し合って生きられる社会へ。それがK学園の考え方なのだから。
その証拠に彼は高等部時代の内部生の友人から偏見を受けたことはないという。
「失言でした。でも、奏斗くんは”彼女をお洒落な店へ連れて行った”経験がおありということですね」
「え?」
「人間とは経験によって行動する生き物だから」
喜んでくれた経験があるから、喜んでもらうためにその行動を繰り返すということだ。
「残念。ちょっとハズレ」
と笑う彼。
”連れて行った経験がハズレ”というのなら、連れて行ってもらった経験があるということか。自分が嬉しかったから、他の人も喜ぶだろうという考えにより行動していると。
「おモテになるんですね」
「なんだ、嫌味か?」
苦笑いする奏斗。
奏斗がモテるのは今に始まったことじゃない。
それに彼をお洒落な店へ連れて行ったのは
「ヤキモチということにしといてください」
あまりその彼女の話には触れたくない。
「妬いているようには見えないんだが?」
「大人だから感情を隠すこともできるんですよ?」
エッヘンと胸を張って言えば、
「なんで、どや顔?」
と笑っている。
──彼女のことなんて1ミリも思い出して欲しくないのに、奏斗くんの行動はその彼女の影響を受けすぎている。
だからなるべく話には出したくない。
忘れて忘れて忘れて。
忘れられないなら、わたしが地中に埋めて……。
心の中で物騒なことを思いながら、
「今日はデートって予め知っていたので、少し大人しめの服装をしてきたのです」
と話を変える結菜。
それには彼も気づいていたようだ。
「うん。むしろ俺が派手な格好をしようか?」
「それじゃあ、ド派手に。やめた方が……」
冗談で言っているのはわかっているが、ド派手な某海外アーティストのような服装を思い浮かべ、ブンブンと左右に首を振る。その想像は破壊的だ。
あれは黒髪で短髪アフロだからこそ似合うし、色白の奏斗には似合うわけがない。
「ああいうのは、こんがりと焼けた肌の黒髪アフロだから似合うですよ!」
「何を想像したんだ?」
パーカーを好む彼だが正直、だぼっとしたB系ファッションも不向き。
「そのままの奏斗くんが好きです」
「そりゃ、どうも」
はぐらかされたことに不満を感じているのか、納得していない様子の彼。
「死ぬほど腹減っているらしいし、とりあえず入ろうよ」
「そ、そうですね」
「なんでいつまでも敬語なの」
真面目に向き合おうとすると、つい敬語になってしまうのは癖である。
不思議そうに問う彼に促されて、結菜は店に足を踏み入れたのだった。
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