6 不穏な足音

「そういえば、この間買った曲は車で聴いたりしないの?」

 年上の元カノに関係する話題は極力出したくはないが、無関心だと思われるのも困る。食事を終えて車に戻った結菜は思い切って訪ねてみた。

 わざわざ店までつき合ったのだ、出して不味い話題ではないはず。

「ああ、あれね。スマホに取り込もうと思っていたから」

 つまり持ち歩きようと言うことか。

「車にも積んでるけど、聴く?」

「あ、いや……大丈夫」

 結菜の反応に不思議そうな顔をする彼。


 それはそうだろう。話題に出しておきながら遠慮するのだから。

「今かけてくれている曲の方が好きだから」

 慌てて理由を述べると、”そっか”と言って彼が前を向く。

 二人でいる時に彼女を思い出させるようなことはしたくない。

「奏斗くんってR&Bが好きなんだね」

「そうらしいな」

 まるで他人事のような言い方に首を傾げる結菜。

 奏斗はカーナビに手を伸ばし、行き先を確認している。


「どうかした?」

 位置確認をし、こちらに再び視線を戻した彼。

「他人事みたいだなって思って」

「俺、ジャンルとかよくわからないからさ」

「そうなんだ」

 好きなものなのに無関心だなと思っていたが、音楽を形あるものとして買うことの減った現代。その購入法について結菜は考えてみる。


 店頭で買うときは確かにジャンルごとに並べられており、ジャケットにも何やら記載されていることが多い。

 しかしダウンロードなどが主流になると音楽の情報は動画によって”MV”や歌詞などに向きがちだ。たしかにジャケットを見ることはできる。だがどんなジャケットなのかがわかるだけで、裏を見ることは減っていると感じた。

 もちろんレンタルと言う方法もあるだろうが、スマホなどによって簡単に音楽を持ち歩けるのだ。レンタルショップへ足を運ぶことは稀だろう。


 便利さは”注目すべき情報”の矛先を変えている。

 自分で興味関心を持って情報をチョイスする時代なのだ。 

 関心がないままなら、一生知らずに終わることもあるだろう。


 目にする機会があったから人はそれを知る。便利になればその分、見落としがちな部分もあるということ。

 奏斗のような人は少なくないのかもしれないと思った。


──そもそもジャンル分けなんて、探しやすさなどのためにあるんだから。

 好みのものや目的のものを探せるなら知らなくても良いものね。


 料理だってきっと同じなのだ。どこの国の食べ物なのかわかるのは、知る機会があるから。知識は勝手に脳内へ降臨したりはしない。


「むしろ結菜はなんで詳しいんだよ」

 車が駐車場を出る。

「従兄が中古ショップ開いているから」

「へえ」

「たまに手伝ったりするの。扱いっているのは音楽系のモノだけだけれど。CDとか楽器とかね」

 ”行ってみたいな”と彼。

 今日はこれからレンタルショップへ行って映画を借りて、奏斗の家でオールナイト予定である。

 その為、行けるなら来週末かなと言うと、

「悪い。来週末はいないんだ俺」

「え?」

 それは一体どういう意味なのだろうか。


「急に決まったから、言う機会逃していたけど泊りで出かけるから」

と奏斗。

「家族と?」

 風花とやり取りをしたのは昨夜だ。そんな話はしていなかったなと思いつつ。

「あ、いや。違う」

 交差点でハンドルを切る彼の表情が曇る。

 結菜には言いたくない相手なのだろうか。


──まさか、例の元カノってことはないよね?


 急に思い出の曲を購入したことが気になる。彼女と聞くために購入したということも考えられるが、ここで言葉を濁すのだ。

 そのつもりなら”スマホに取り込もうと思っていたから”という言葉を発した意味がわからない。あの言葉に嘘は感じられなかった。

 聞かれてすぐに答えたのだ。聞かれる準備をしていなければすんなりその言葉が出てくるとは考え辛い。


 だが安心はできない。

 なにせ彼の妹の風花は、あの彼女と今でも連絡を取っている。

 奏斗がCDを買ったことが筒抜けである可能性は否定できなかった。

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